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能見篤史コラム

能見篤史コラム 第33回「指揮官との思い出/その2」

 

選手時代から気心の知れた金本監督。2018年に直接、中継ぎ転向の打診を受け、奮い立つきっかけにもなった[写真=BBM]


 今回も引き続き、現役時代の監督との思い出を振り返っていきます。僕が阪神に入団して3人目の監督が、和田豊さんでした。和田さんに開幕投手を告げられたときのことはよく覚えています。春季キャンプ中に、室内練習場で僕が打撃練習をしていると、和田さんがさりげなく近づいてきて「頼むぞ」とサラッと告げ、スッと帰っていきました。おそらく記者の方たちに悟られないように、さりげなく伝えてくれたんだと思います。

 和田さんは、僕の中では物静かで、口数が少なかったイメージです。それは僕が投手だったからかもしれません。やはり投手は、監督が野手出身だった場合、監督より投手コーチと話すことのほうが多くなりますから。

 ただ2015年のオフに監督に就任した金本知憲さんは例外です。僕は選手として一緒にプレーしていましたし、選手時代にロッカーがずっと隣だったこともあってよく話をしました。監督と選手という間柄になっても、話しやすさや関係性は変わりませんでしたね。それに金本さんは投手に優しい監督でした。

 とはいえ僕も40歳に近づき、金本さんが監督だった時期は、少し衰えも感じ始めていました。先発はしていましたが、あまり長いイニングを投げられなくなっており、日曜日の登板が増えていた。2018年には成績が出ず、二軍へ。二軍では投げていましたが、「もう声は掛からないだろうな」と感じていました。二軍に行くときも監督からの話はなく・・・

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能見篤史のノウミ発見伝

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能見篤史が、多角的な視点で私見を綴る隔週連載コラム。自らの経験談に加え、グラウンド外から見えた新発見も!

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