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クロマティコラム

クロマティコラム【特別版】 4つの視点で語る80年代広島と外国人選手

 

筆者は1984年に来日し、90年までの7年間を巨人でプレーした。今週は、広島東洋カープをテーマとした特別版。同じリーグでしのぎを削った現役時代を、広島でプレーした外国人選手やライバル選手たちなど4つのテーマで振り返る。

豪快なスイングが代名詞だったランス


#1 広島の外国人選手たち


 ティム・アイルランド(83〜84年に広島でプレー)は、僕にとってはモントリオール・エクスポズの後輩にあたる選手でもあったから覚えているよ。プレー面では、メジャースタイルのセカンドベースマンの守備だったね。そういえば、日本人でメジャースタイルのセカンドベースマンはあまりいないな。セカンド・ショートのポジションにメジャーでは日本人がなかなかいないのは、身体の大きさとかではなく、そもそもアメリカと日本の野球のスタイルの違いが関係していると思うね。

 それから、87年に規定打席最低打率(.218)と三振王(114)ながら、39本打ってホームラン王になったリチャード・ランスか。豪快にスイングしていたよね。あれだけ振り回せば、狭い広島市民球場だったら場外だし、そりゃ三振も増えるよね。

 でも、39本は素晴らしい成績だと思うよ。僕は一番打ったシーズンでも37本だったしね。そもそも僕はホームランバッターじゃないから。外国人選手はホームランを期待されるから、ある程度「強いスイングをしないと」とならざるを得ないところがある。ホームランの数を残すためにね。僕の場合は、そういったタイプではないとチームが理解してくれていて、二塁打がリーグトップということもあった。タツ(原辰徳)とかヨシ(吉村禎章)とか、僕よりも大きいのが打てるスラッガーがラインアップにいてくれたことが、僕が自分のスタイルを変えることなく打席に立ち続けられた要因だよ。

 あと、ロッド・アレン、彼だっけ? 横浜スタジアムで・・・

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最強助っ人・クロマティが斬る!!「日米・野球考察」

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最強助っ人・クロマティ(元巨人)が日米の野球を見て、気が付いたこと、日米両方の野球関係者と話したことなど、クロマティならではの視点で読者の皆さんにお話しする隔週コラム。

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