プロ野球選手としてユニフォームを着ている時間よりも、不動産業界として営業の最前線に立っているほうが長くなった。年下の社員に背中を見せる立場となったが、謙虚な姿勢は不変。勉強の日々を過ごしている。 取材・文・写真=尾辻剛 
社内にはヤクルトと台湾・統一時代のユニフォームが飾られている
台湾で人気が沸騰
周囲から信頼される兄貴分でありたい──。元ヤクルト投手の
鎌田祐哉は現役引退後、不動産業界に転身。城北不動産に入社し、現在はグループ会社の「Glanz Ease(グランイーズ)」で開発事業部企画管理課の課長として多忙な日々を送る。
「課長と言っても、課員は僕だけ。でも、仕事をしている以上は認めてもらわないとつまらない。重要な仕事を任されるようになってきて、やることは多いですね。新人も入ってきました。偉ぶったりせず、自然に接しています。野球と同じで、楽しいと思えれば仕事も頑張れる。頑張らせるのではなく、まずは楽しさや、やりがいを感じられるようにアドバイスできればいいなと思っています」
秋田経法大付高(現・明桜高)時代は控え投手。3年時には夏の甲子園に出場したが、登板機会はなかった。花が開いたのは早大時代。3年春にリーグ戦4勝を挙げてベストナインに輝き、一躍ドラフト候補に躍り出た。2000年ドラフト逆指名で入団したヤクルトでは1年目にプロ初勝利。3年目には6勝を挙げて先発ローテーションに定着するなど順調な成長を示しながら、4年目以降は伸び悩んだ。10年目のシーズン途中で
楽天に移籍。東北出身の右腕は仙台で出直しを図ったが・・・、一度も一軍登板がないまま、移籍2年目の11年オフに戦力外通告を受けた。
周囲に勧められた台湾・統一の入団テストを受けて・・・
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