小、中学生の野球指導、ピラティスのスタジオ経営のほか「富山ふるさと大使」として故郷の魅力を発信している。活躍の場は広がるばかりだ。 取材・文=尾辻剛 写真=尾辻剛、BBM 
さまざまな業種に手を広げ、着実な成果を残している
引退後に「地元愛」
富山の魅力を、少しでも多くの人に知ってもらいたい。元
ヤクルト内野手の
荒木貴裕は2023年の現役引退後、独立して「株式会社utility(ユーティリティ)」を設立。野球スクール開催やピラティスのスタジオ経営などさまざまな事業を行い、地元である富山の名物などを、世間に発信する活動も行っている。
「選手のときはすごく地元愛が強いかと言われれば、そんなことはなかったんです。中学卒業後は県外に出て、高校以降はずっと富山以外で生活してきています。富山のことを何でも知っているかと聞かれたら、知らない。でも、引退した後に勉強している中で、富山にはすごくいいものがたくさんあることを知りました。発信しながら自分も勉強していけたら、世間の人たちと一緒に、魅力を伝えていけるんじゃないかなという感覚がありましたね」
富山県小矢部市出身の荒木は、山梨の帝京三高に進学。3年夏の山梨大会は準々決勝で日川高にサヨナラ負けするなど、甲子園出場の経験はない。近大では1年時から関西学生リーグ戦に出場。攻守走三拍子そろった大型遊撃手として注目され、2010年ドラフト3位指名でヤクルトに入団した。10年3月26日の
巨人との開幕戦(東京ドーム)は七番・遊撃で先発出場。だが「そんなに甘いものじゃない」と、3打数無安打2三振に終わり、プロの壁を痛感させられたという。
1年目は18試合、2年目も3試合出場にとどまるなど一軍と二軍を行ったり来たりの日々。それでも4年目の13年は二軍で打率.337を記録して首位打者を獲得すると、外野手に挑戦した14年から内外野の全ポジションを守れるユーティリティープレーヤーとして出番を増やしていった。15年は73試合に出場して・・・
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