週刊ベースボールONLINE

元NPB選手のセカンドキャリア

ライブリッツ株式会社・志田宗大(元ヤクルト)「AIやデータに支配されるのではなく、人間がうまく使っていくべきだと思います」

 

NPB3球団、また侍ジャパンのスコアラーとして、最前線を歩んできた。プロの世界からアマチュアへ。データを現場へ落とし込み、パフォーマンスアップへとつなげる。
取材・文・写真=尾辻剛

8月からは都内で小、中学生向けのアカデミーも開講。最新機器を使用した技術指導も行っている[写真=尾辻剛]


経験と知識を還元


 新しい道を開拓しながら進んでいる。元ヤクルト外野手の志田宗大は現役引退後の15年間、NPB3球団に加え侍ジャパンでもスコアラーを歴任。今年から主にスポーツAI、スポーツデータ分析の分野でデジタルイノベーションを推進する「ライブリッツ株式会社」に勤務している。選手、スコアラー時代の経験を生かし、さまざまなデータを計測して活用。野球のパフォーマンス向上支援サービス「FastBall(ファストボール)」を担当している。

「ずっとプロ野球でやってきましたけど、アマチュア野球にも興味がありました。データに関して、皆さん興味があり、知りたいと思っているので、僕は出し惜しみせずに伝えたい。指導者や選手に共通するのはチームを強くしたい、野球がうまくなりたいという思い。そこに力を貸してほしいならば、応えたい。そういう使命感を持ってやっていますし、自分が培ってきた経験や知識をアマチュア野球に還元できればいいなと思っています」

 仙台育英高では入学直後から上級生を押しのけて試合に出場。3年時には主将を務めて部員120人を束ね、3年連続で夏の甲子園出場を果たした。青学大に進学すると1年時から東都大学リーグ戦に出場。2年時は春秋連続でリーグ優勝に貢献すると全日本大学選手権では日本一となり、日米大学選手権にも出場した。4年時には主将を担い、2002年ドラフト8巡目でヤクルトに入団。1年目の02年は40試合に出場、04年には91試合出場と出番を増やした。だが、青木宣親の台頭もあって・・・

この続きはプレミアムサービス
登録でご覧になれます。

まずは体験!登録後7日間無料

登録すると、2万本以上のすべての特集・インタビュー・コラムが読み放題となります。

元NPB選手のセカンドキャリア

元NPB選手のセカンドキャリア

第二の人生に全力投球。野球人生には、いずれ区切りが来る。ユニフォームを脱いだ後の人生のほうが、はるかに長い。新たな仕事に就き、野球界とは別のステージで活躍する元プロ野球選手の今に迫る。

関連情報

新着 野球コラム

アクセス数ランキング

注目数ランキング