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ストレート、フォークだけで最多勝を獲得した野茂英雄(元近鉄ほか)のような投手はもはや現れないのか――。現代野球ではなぜ多彩な球種が必要なのか。昨年まで西武ヤクルトで投手コーチを務め、現在は野球評論家の荒木大輔氏が解説する。

取材・構成=小林光男 写真=石井愛子、BBM


レベルが上がり続ける打者と対するために

 現在のプロ野球界は多彩な変化球を操る「魔球マスター」の時代であることは確かでしょう。なぜなら、打者の技術が加速度的に上がってきており、投手は多くの変化球を駆使しなければ勝利を重ねることができないからです。

 当然、一つひとつの球種が低レベルでは、それも叶いません。ある一定のレベル以上で、多くの変化球を操ることができなければ、なかなか成績を挙げることが難しいのが現実で、それができる投手こそが「魔球マスター」と呼ぶことができるでしょう。

 例外もいます。杉内俊哉投手(巨人)は少ない球種で毎年、好成績を残していますが、彼の場合は一つひとつの球種のレベルが高い。10段階のレベルがあるとしたら、すべてが「10」に達しているから一流投手になれている。しかし、そういった投手は希です。

 現在はメジャー・リーグで活躍しているダルビッシュ有投手(レンジャーズ)や田中将大投手(ヤンキース)にしても、力のあるストレートを持っていますが、それだけで勝負しているわけではなく、多くの変化球を持ち、そのすべてが平均点以上。相手を圧倒するストレートを持っていたとしても、変化球が少なければメジャーで結果を残す大投手にはなれなかったのではないでしょうか。

曲げたり、落としたり自由自在に投げる

▲多彩な変化球を高レベルで操る金子。今季も防御率1点台と好調を維持している



 現在の日本球界で「魔球マスター」の代表格といえば金子千尋投手(オリックス)であり、菅野智之(巨人)でしょう。今回の特集で巻頭インタビューに登場している金子投手は巨人相手に“幻のノーヒットノーラン”をやるなど(5月31日、京セラドーム)、エースとして好調なチームをけん引しています。

 まさに日本球界を代表する投手でもありますが、変化球が多彩かつ、すべてが高レベル。もちろん軸となるストレートが基本ですが、あわせてキレ味鋭い多くの変化球を持っていると投球の幅が広がります。

 例えば一回り目はスライダー、二回り目はカット、三回り目はカーブ……と軸になる変化球を変えることができるのは大きなプラス。そもそも変化球の持ち球が少ないと、そのボールの調子が悪ければ代替の球種がなく、苦しいピッチングを強いられることになってしまい、勝てる投手にはなれません。

 さらに、一つの球種でもさまざまな使い方ができるのが「魔球マスター」の条件。私が現役のころは牛島和彦さん(中日ほか)が外、内とフォークの落とし方を自分で操っていると聞いて「すごいな」と思った記憶がありますが、金子投手もそのような使い方はしています。例えばシュート系にしても、普通に曲げたり、落としたりと場面や相手に応じて、と。このような投げ分けができれば、打者が戸惑うのは間違いないでしょう。

 それに万が一、球種のクセが相手にばれていたとしても、どちらに落ちるか、曲がるか、分からなければ、そう簡単に打たれることはありません。バッターを迷わせ、考えさせるだけで、投手にとっては大きく有利になるのです。

最低でも緩急、横、縦の変化は必要

 さらに、もっと鍛錬を重ねれば、もっと打者を惑わす使い方ができます。右投手で言えば右打者の内角のボールゾーンからストライクゾーンにスライダーを投げるフロントドア、外角のボールゾーンからストライクゾーンにツーシームやシンカーを投げ込むバックドアなど。

 私が昨年まで投手コーチを務めていたヤクルトの石川雅規投手も右打者の外へ逃げるシンカーだけでなく、内角へフワッと落とすシンカーを練習していました。いわゆるフロントドアですが、このような使い方ができるようになればさらに有効です。

 やはり先発投手を務めるなら最低でもカーブ、スライダー、フォークかチェンジアップが欲しいですね。要は緩急、横、縦の変化。プラス、奥行きもあれば完ぺき。いずれにせよ、これらがなければ、勝利を重ねるのは難しいのではないでしょうか。私がコーチを務めていたときは、新しい外国人投手がチームの一員となったら、必ずチェンジアップを投げるかどうか聞いていました。もし、なければ覚えてもらっていましたね。

 そういえば金子投手は開幕戦の日本ハム戦(3月28日、札幌ドーム)で7回途中3失点とエースの責任を果たせませんでした。試合後のコメントでは「調子が良過ぎて、真っすぐに頼ってしまった」というようなことを言っていましたが、ストレートを使い過ぎると、相手にとらえられる可能性が上がってしまう。やはり、能力の高い投手でも、「魔球マスター」に徹しなければ勝つことは難しいのでしょう。

なぜ、松坂はフォークを使ったのか?

▲荒木氏はコーチ経験から、変化球も時代によって流行り廃りがあると語る



 私は2004年から西武で投手コーチを務めましたが、当時、エースだった松坂大輔投手(現メッツ)は前腕が張って、ケガにつながるからとフォークを投げませんでした。落ちる球の主武器はチェンジアップ。しかし、松中信彦(ダイエー)ら強打者に対してはチェンジアップがあまり通用しない。

 そのころはどの投手もフォークをあまり投げずにチェンジアップ全盛。打者の方も対応できるようになっていたのですね。なので、松中らに対してはフォークを解禁して抑えた。要は変化球も時代によって流行り廃りがあるものです。ダルビッシュなんかも試合では使わないのに新たな球種を覚えていますが、それも先を見越してのことなのだと思いますね。

PROFILE
あらき・だいすけ●1964年5月6日生まれ。東京都出身。右投右打。早実高1年時に甲子園で決勝進出。その大会から春夏5季連続甲子園出場を果たし、大ちゃんフィーバーを巻き起こす。83年ドラフト1位でヤクルト入団。86年に2ケタ勝利をマーク。89年よりヒジの故障などで3年間投げられなかったが93年に復活して8勝96 年に横浜へ移り、同年限りで引退。西武、ヤクルトでコーチを歴任し、14年からは評論家として精力的に活動している。
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