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シーズン成績:140試合 82勝55敗3分け 勝率.599/監督:王貞治

 

▲王監督の大胆な方針転換もあり、チームが生まれ変わり見事に3年ぶりの優勝を果たした



若手先発陣の台頭と機動力+100打点カルテットの猛打


 一新した顔ぶれ。2003年ダイエー投手陣はニューフェースが存分に力を発揮した。前年10勝を挙げた若田部健一がFAで横浜へ移籍し、9勝の星野順治が0勝、6勝の田之上慶三郎が1勝、6勝のラジオが解雇と主な先発陣の名が消えたが、代わりに台頭した若タカ投手が輝きを見せた。開幕投手に抜てきされた斉藤和巳は20勝を挙げ、さらに新人の和田毅が14勝、新垣渚が8勝をマーク。2年目の杉内俊哉も10勝を挙げたが、やはりルーキーが周囲に及ぼした影響は計り知れなかった。

「彼らの存在が刺激になって、若い投手に競争心が芽生えた」と王貞治監督は語ったが、その数字が端的に表れていたのは完投数だ。4月14日から18日にかけては杉内、新垣、和田、寺原隼人で4試合連続完投勝利を達成。寺原は「3人に負けたくない気持ちがあった」。ライバル意識がプラスに作用して和田、新垣の8を筆頭にチーム完投数は26を数えた。

▲投手では和田[写真]、新垣の新人コンビの働きが非常に大きかった



 1999年のダイエー初優勝時から、継投でしのいでいくパターンだったが、そこから完全に脱却。チーム防御率は3.94だったが、打高の時代、パで3点台はダイエーのみ。先発陣が長いイニングを投げ、余裕を持った戦いに終始することができたのは大きかった。

 秋山幸二が前年限りで引退し、オープン戦で小久保裕紀が大ケガを負いシーズン絶望。しかし、打線はこのピンチをチャンスとして、生まれ変わった。「相手にすればウチの戦いは嫌だったと思うよ」と言ったのは王監督だったが、チーム盗塁数が前年の72から147と大幅にアップ、二塁打も227から276、三塁打も18から33と数を増やした。機動力を駆使して、つなぐことを徹底した攻撃への転換に成功したのだ。

 その象徴となったのが、一番・村松有人、二番・川崎宗則、三番・井口資仁だった。3人は出塁すれば、常に足で相手を揺さぶった。快足トリオが積み上げた盗塁数は実に104。これだけ塁上で相手投手にプレッシャーを与えれば、クリーンアップに対する集中力も低下してしまう。さらに四番・松中信彦以下は決して強引な打撃をしなかった。本塁打を狙うことはなく、徹したのは状況に応じた打撃。その結果、誕生したのは井口、松中、五番・城島健司、六番・バルデスによる史上初の100打点カルテットだった。

 この年、22年続いて負け越していた西武に16勝12敗と勝ち越し。久方ぶりに宿敵を上回ったことも重要なトピックスだ。翌04年、ソフトバンクに変わった05年とリーグ戦を1位通過しながらプレーオフで西武、ロッテに敗退。実質的には3連覇を果たしていると言え、その“黄金時代”の起点となったのは、投打にスタイルを一新した03年だった。

[2003年ベストオーダー]



[打順]
1. 村松有人
2. 川崎宗則
3. 井口資仁
4. 松中信彦
5. 城島健司
6. バルデス
7. ズレータ
8. 柴原洋
9. 鳥越裕介

[主な投手陣]
斉藤和巳
和田毅
杉内俊哉
新垣渚
岡本克道
篠原貴行

【投票者&コメント】
飯山裕志(日本ハム) 100打点カルテットはすごかった。みんな長打で、内野にいてもボールが飛んでこないイメージだった
大引啓次(日本ハム) 100打点カルテットってありえないです。打点を多く挙げられるところが魅力のチーム
吉川光夫(日本ハム) 当時は福岡に住んでいたので、あのチームのすごさは強烈に記憶しています
榎下陽大(日本ハム) 松中さんや井口さん、あと投手も良かったですよね。挙げたらきりがないですが、最強です
白村明弘(日本ハム) やっぱり100打点カルテットの印象が強い。テレビで見ていても強烈な印象です
清水隆行(巨人) たくさんあるけれど、2001〜03年ころのダイエー。小久保さん、井口、松中、バルデス、柴原……。個々のレベルが高かった
八木裕(阪神) シーズン100打点が4人並んだ打線と投手3本柱(斉藤、杉内、和田)を見て勝てないんじゃないかと思った
関本賢太郎(阪神) 日本シリーズで対戦しましたけど、勢いがあったし、切れ目のない打線はネームバリューもすごかった
山口俊(DeNA) 九州出身なので、子どものころはダイエーをよく見ていた。クリーンアップが最強だった
中村晃(ソフトバンク) ダイエーでしょう。打線がすごかったイメージです
鶴岡慎也(ソフトバンク) 僕はテレビで見ていましたけど、2003年ですね。2011年のソフトバンクにも苦労させられたけど、それ以上だと思う
長谷川勇也(ソフトバンク) 見ていないし、対戦もしていないですけど、ダイハード打線じゃないですかね。今のウチよりも1分近く高いチーム打率.297は単純にすごい
松中信彦(ソフトバンク) 今のウチもすごいと言うけど、全然。あのときは5、6点ビハインドでも負ける気がしなかった。みんな30本塁打近く打っていたしね
今宮健太(ソフトバンク) 僕の知っている限りだとダイエーですね。カルテット! 100打点が4人ですからね
金子圭輔(ソフトバンク) ものすごく打って、強かった印象です
明石健志(ソフトバンク) 打ちまくるだけじゃなくて、投手もそろっていた
松葉貴大(オリックス) 100打点カルテットと杉内さん、和田さん、斉藤さんらの先発が最強。エースが3枚そろっているのはありえない
鉄平(オリックス) 100打点を記録した選手が4人いるのはありえない。最強打線がチームを引っ張っていた。打線の印象が強い
平石洋介(楽天) 100打点を4人も稼げる人がいたのはすごい。打率を稼げる柴原さんや村松さんもいて弱点のないチームだった
辛島航(楽天) 地元が福岡なのもありますが、井口資仁さん、松中信彦さんら100打点が4人いたのがすごく印象に残っています
松井稼頭央(楽天) 100打点カルテットはすごかった。小久保さん、松中さん、井口、城島、ほかにも柴原さんや村松さんと止まらなかった
鈴木大地(ロッテ) 井口さんがいて、松中さんがいて、城島さんがいて……打線がとにかく強力で印象に残っています
伊志嶺翔大(ロッテ) 100打点カルテットの印象が強いです。川崎さんや柴原さんもいて切れ目のない打線だったと思います
今江敏晃(ロッテ) 強力打線のイメージが強いですね。歴代でも上位に入るんじゃないですか
川越英隆(ロッテ) 投げていて抑えられる気がしなかった。全員気が抜けない打線だったし、登板のときは神経を使いました
堀幸一(ロッテ) 打線ももちろんだけど、投手陣もしっかりしていたと思うし、バランスが良かった

【その他の年代を挙げた投票者&コメント】

1999年、2000年


林孝哉(日本ハム) 自分が在籍していたころですが、投打にバランスが取れていたと思います
建山義紀(阪神) 柴原さん、小久保さん、井口さん、松中さん、城島……九番に鳥越さんがいましたからね。当時、日本ハムの本拠地は東京ドームだったし、切れ目がなくて嫌な打線でした
小野淳平(広島) 九州出身なので印象が強いです。ダイエーの優勝セールに行った記憶もあります。あのころは、巨人とダイエーが強かったです
一岡竜司(広島) 福岡が地元でしたし、あの勝利の方程式ですよ。吉田修さんからペドラザにつなぐ。打者では井口さん、浜名さん、そろってましたね
岩村明憲(ヤクルト) 城島さん、松中さん、小久保さん、井口さんと主役がそろっていた。各ポジションで群を抜く選手たちの集まりだった
松岡健一(ヤクルト) 九州出身なので、子どものころ野球しているときは「仮想の対戦相手」にして遊んでいた。各選手をマネして○○ごっこもした
江村将也(ヤクルト) 中学生のころ、とにかく強くてパワプロで一番使っていた。「ミートカーソル」がデカかった
川端慎吾(ヤクルト) 小さいころはダイエーファン。工藤さんが投げたら勝つ、というイメージでした。個人的にはカズ山本さんが好きでした

2001年ダイエー


井手正太郎(DeNA) ダイハード打線がすごかった。当時はプロ入りする前年で余計にプロのすごさを感じたので印象深い

2004年ダイエー、05年ソフトバンク


片岡治大(巨人) 投手は斉藤さん、杉内さん、和田さん。打者は三冠王の松中さんに、城島さん。(05年に)松坂さんが松中さんに3本塁打を打たれて負けた試合があって、(プロでは)投手が良くても勝てないと思い知らされた

2011年ソフトバンク


藤田一也(楽天) 川崎さん、本多でかき回して中軸で返す。横浜で一緒だった内川が加入してMVPを獲り、さすがだなと思った
嶋基宏(楽天) 川崎さんが最後の年で、内川さんも入って、確実に点が入った。手がつけられない感じ
細川亨(ソフトバンク) 全球団に勝ち越しての完全優勝。今年とも比べものにならないくらいスゴイ

2014年ソフトバンク


駿太(オリックス) ケガ人がいなければどう見ても最強。ラインアップを見るだけでため息が出ます
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