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男の生き様〜去り際の美学〜

日本ハム 稲葉篤紀 ファンに愛された男

 

9月2日に20年間のプロ野球人生にピリオドを打つことを表明した稲葉篤紀。刻一刻と迫る引退のとき。多くのファンに愛された背番号41が、万感の思いを胸にラストシーズンを駆け抜ける。



 心温まるラストスパートの真っただ中にいる。今シーズン限りで現役生活にピリオドを打つ稲葉篤紀。現在は20年間に及んだプロ野球人生の集大成の日々を送り、本人も「本当にうれしい」と語るように打席に立てば、敵味方関係なく万雷の拍手で迎えられる。

 多くのファンに愛されたプロ野球人生だった。だからこそ各球場で奇跡のような時間が訪れる。始まりは9月7日のオリックス戦(京セラドーム)。同月2日の引退表明後、初のスタメン起用。第4打席が回ってきた9回。左翼スタンドに陣取る日本ハム応援団のトランペットの音色に球場全体が揺れた。さらに「稲葉ジャンプ」のメロディーに敵地のオリックスファンまでもが跳びはねた。

 クライマックスシリーズで再び戦う可能性は残されているが、日本ハムにとっては大阪でのレギュラーシーズンのラストゲームだった。名物応援に続いて応援歌も一緒に360度、稲葉に声援を送っていた。2012年には通算2000安打を達成し、五輪やWBCでも活躍した大打者。打ち合わせもしていないであろうファン同士の粋な大団円だった。

 涙もろい男には、うれしすぎるサプライズだった。結果は二ゴロに倒れたが、ベンチへ戻ると稲葉の目は潤んでいた。球場が変わっても送られる声援は変わらない。本拠地の札幌ドームはもちろん、ヤクルト時代に何度も試合を行った東京ドーム、西武ドーム、コボスタ宮城、QVCマリン、ヤフオクドームと全国各地で熱烈な応援は続いている。

 湿りがちだったバットもそんなファンの大声援に応えるかのように輝きを放ち始めている。引退表明後は17打席連続無安打。「早く1本欲しいよ」と願っていた17日の西武戦(西武ドーム)。9回に代打でライトスタンドにホームラン(写真)。決勝点でもなかったが、試合後は異例のヒーローインタビューに登場。「ここまでひたむきに一生懸命やってきて、本当に良かった」と万感の思いを吐露した。

▲9月17日の西武戦[西武ドーム]で9回に代打で登場して豊田からライトスタンドに2号アーチ。引退表明後の初ヒットがホームランの離れ業だった



 信条としてきた「全力疾走」は誰もが目の当たりにしてきた。原点は中学時代。「名古屋西シニア」で硬式野球を始めたときだった。当時の監督、大竹勇治氏から教わった。「グラウンドは歩くな」。大竹氏は振り返る。「まだ中学生。野球の実力はそこそこなんだから、野球以外の部分をこっちは見ていた」。技術より人間性を磨かれたことが大選手へと成長する礎となった。

 この先にはクライマックスシリーズが待っている。負ければ終わりのポストシーズン。「優勝請負人」と呼ばれた男は「最後に栗山監督を胴上げして終わりたい」と燃えている。野球の神様は多くのファンに愛された男に、どんな極上のラストシーンを用意しているのだろうか。
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