阪神ファンの熱狂が最高潮に達したのは1985年10月16日のヤクルト戦だ。その日、神宮で23年ぶりのVを決めたが、当日敵として先発した荒木大輔氏に思い出を聞いた。 掛布、岡田に対しては苦手意識はなかった
優勝目前の阪神戦、神宮球場は真っ黄色でしたよ。球場入りするとき、すでにその周辺が黄色一色でしたから。今までに見たことがない景色で、本当にどちらのフランチャイズか分からないくらい(苦笑)。ただ、これはそのときだけではなく、シーズンを通して。阪神ファンの熱狂ぶりは、まさに社会現象となっていましたよね。
ヤジもすごかった。もうムチャクチャ(苦笑)。いまは甲子園球場で敵チームの選手とフェンス越しに話している光景も見られますけど、当時ではあり得ない。練習のランニングでも、フェンスにくっつくくらいの位置で、ファンの視界に入らないような形で走っていましたから。とにかく、刺激しないようにしていましたよ。
当然、マウンド上でも常にアウェーの雰囲気。阪神ファンの応援が地響きのように鳴り響いていましたけど、僕はそれを逆に楽しんで投げていたように思います。プロ入り3年目で、この年の夏場から先発ローテーションで投げるようになったところでしたから。相手どうこうよりも、とにかくマウンドでは集中して、自分のピッチングをすることだけを心掛けていました。1年目に初勝利を挙げた相手も阪神だったんです(83年5月19日=神宮)。だからか苦手意識もそんなにありませんでした。85年も優勝決定試合まで3試合に先発していましたけど、2勝1敗と勝ち越していましたから。
猛虎打線から勝利を奪えたのも、四番の掛布(雅之)さん、五番の岡田(彰布)さんを得意としていたからだと思います。2人も僕が投げるボールにタイミングが合っていなかった感じでした。僕は今で言うツーシームのような・・・
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