1985年の阪神の戦いぶりを、当時の週刊ベースボールの誌面で振り返る。シーズン序盤のバックスクリーン3連発から、セ・リーグ優勝を決めた試合まで、この年に発行されたものから、選りすぐりの10冊の特集を紹介する。 5月13日号・巨人、阪神大特集11ページ
3連発を誘発した北村の盗塁 バックスクリーン3連発が飛び出した週に取り上げられているのが
北村照文外野手。2点を追う7回裏に先頭の木戸がヒットで出塁すると、代走で登場。ベンチのサインで盗塁を狙い、間一髪セーフ。この盗塁が成功したからこそ、二死一、二塁でバースの打席に回り、バックスクリーン3連発につながった。
6月10日号・阪神Vならアドバルーンで飛ぶ!
阪神50周年企画8ページ タイガース50周年企画では、
吉田義男監督、
村山実、
真弓明信選手、
掛布雅之選手、落語家の月亭八方、
田淵幸一、
岡田彰布選手からのメッセージが寄せられた。熱烈な虎党の月亭氏は、「阪神が優勝したらアドバルーンに乗って空を飛ぶ」と公言したが、結局どのテレビ局からも費用を出してもらえず、自腹で飛んだという。
6月17日号・小特集3ページ
新旧ダイナマイト打線比較 絶好調の阪神打線を、1962年優勝時のダイナマイト打線と比較。当時の阪神と戦った元
巨人の
千葉茂氏が両打線を比較して、85年の打線を「下手に触れると怖い、地雷打線」と名付けた。阪神初代主将の松木謙次郎氏は85年の打線の勝負強さを認め「新ダイナマイト打線と呼んでもいい」と語っている。また、この号に掲載されたインタビューでバースが「正直に言おう、お金のために・・・
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