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特集・2016 新背番号に込めた決意
ヤクルト・山田哲人 受け継がれる“背番号1”

 

チームの輪の中に背番号1が戻ってきた。14年ぶりのリーグ優勝を果たした昨季、その優勝に大きく貢献し、トリプルスリーを達成。セ・リーグMVPにも輝いた男は球団もファンも納得の中で、その番号を継承した。若松勉から始まったミスタースワローズの称号。その“1”を背負いチームを連覇へ導くべく、覚悟を持って新シーズンをスタートさせた。
写真=BBM


山田哲人の契約更改の際には、背番号1の先輩・青木宣親からユニフォームを手渡されるサプライズが。青木が受け継ぐころには「1」は簡単には着けられない大事な番号になっていた



若松勉から始まった「1」のストーリー


 2015年オフの契約更改で23から1へと背番号が変わり、その姿を初めてファンの前で披露した。

 2月1日、キャンプインと同時に山田哲人にとってこれまでとは違う、新シーズンがスタート。それは本人が一番よく分かっている。

「期待されていると思いますので、その期待に応えられるように頑張ります」

 昨季トリプルスリーを達成しリーグ優勝に大きく貢献すると、史上初めて本塁打王と盗塁王を同時獲得した。一人の力で優勝できるわけではないが、山田の活躍なくして連覇は見えてこない。それを山田自身も十分に自覚している。その期待の証しとして与えられたのが背番号1だった。12年に青木宣親(現マリナーズ)がメジャー移籍して以来空き番号となっていた番号が、山田の背中で存在感を示している。

 ヤクルトの背番号1はミスタースワローズと呼ばれ、実績もさることながら、チームの顔と呼ばれる選手に与えられる番号だ。その初代は1971年から89年までヤクルトでプレーした若松勉(背番号1は6人目)。若松は2年目にその背番号を着けると78年には球団初の優勝、日本一に大きく貢献しMVPと日本シリーズ優秀選手賞に輝いた。ヤクルト一筋19年、ベストナインにも9度輝いている。

初代ミスタースワローズは若松勉だ。ヤクルト一筋19年。選手時代、監督時代にもチームを優勝に導いている



 俊足、巧打、さらに外野守備も一流で、168センチの小さい体を大きく使いグラウンドを駆け回る“小さな大打者”はスワローズの象徴だった。誰からも愛される人柄と笑顔でファンを魅了し、チームの中心的存在に。引退後は監督としてもチームを優勝に導くなど、まさにヤクルトの一時代を築いてきた。09年には殿堂入りも果たしている。

 その若松の引退から2年が空き“ブンブン丸”の愛称で親しまれた遊撃手の池山隆寛が92年から99年まで背負い、勝負強い打撃とパンチ力でチームをけん引した三塁手の岩村明憲が01年から06年まで着けた。そして「生え抜きのチームを代表する選手が着ける番号」へとその価値は増していく。

池山隆寛



 14年オフには、プレーだけではなく、チームリーダーとしても大きな期待を受け、日本ハムから移籍してきた大引啓次に背番号1の打診があったが、それを断った。理由は実に大引らしい。

「個人的に恐れ多い。歴代の先輩方が着けてこられた素晴らしい番号。若い選手が引き継いでほしい」

 14年は山田が日本人右打者最多となる193安打を放ち、最多安打を獲得した年だっただけに、その言葉にホッとしたファンも多かったのではないだろうか。そしてその珠玉のナンバーを、いつか山田が背負うことへの期待を大きくしたはずだ。

番号の価値を高めた青木と山田の実績


山田哲人



 青木は外野のレギュラーとなり新人王にも輝いた2年目の06年にシーズン200安打を達成し、そこから6年間3割を維持し続けたが、背番号が変わったのは10年だった。それまでに首位打者2度、最多安打2度など実績は十分。名実ともにチームの、日本球界の顔だった。それでも球団も自身も納得して受け継ぐまでには6年もの時間が必要だった。

 そんな流れもあってか、山田の背番号変更に球団は厳しかった。14年に実績を残したことで「1に変更か!?」と世間は騒いだが、「もう1年成績を残してから」と待ったをかける。山田自身「いつか着けてみたい」と言いながらも「まだ成績を残したのは1年だけ。毎年結果を残さなくては意味がない」と言い続け、その思いを封印した。

 1年目から背負った23番にももちろん愛着はある。青木が背負っていたことで23の価値も高まり、意気に感じていたことも間違いない。だからこそ背番号の話は封印し、結果を求め続けたシーズンにした。それが15年シーズンだった。

 だが、そんな中でも自分のことはいつも二の次だ。「優勝したい」と繰り返し、レギュラーメンバーでは最年少ながらセンターラインの一角、セカンドという大事なポジションを守り続け、塁に出れば果敢に次の塁を狙い、チームバッティングを貫く。そして、だからこそこの男には“ミスター”の資格がある、とも言える。

 チームメートからもかわいがられ、屈託のない笑顔と飾らない言葉でファンの心を惹きつけて離さない山田の存在は、いつしかチームの象徴になっていった。誰もが認める中での背番号変更は、山田に自信と責任感を強くさせた。

「プレッシャーに負けないように頑張りたいと思います」

 契約更改後の会見場で、青木から手渡されたユニフォームを見て感じた本音だ。ひたむきに努力を続け自らの力でつかんだものだからこそ、その重みを強く感じている。

 青木は背番号1の初年度、史上初となる2度目のシーズン200安打を達成している。15年にトリプルスリーを達成した山田はプレッシャーをはねのけどんな結果を残すのだろうか。

 これまで背負ってきた名だたる先輩たちの背中を超えるための大事な1年目がスタートした。チームの連覇、そしてまだ誰も達成したことがない2度目のトリプルスリーへ。新・ミスタースワローズの進化から目が離せない。
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