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変化球特集2016

球史に残る伝説の変化球の握りを探る

 

メジャーの影響で従来の“フォーシームこそ理想”という投球論が崩れ、変化球は百花繚乱の時代を迎えている。ただ、かつても独特の握りで独特の変化をさせていた魔球がたくさんあり、今のツーシーム、カットボールなども「そんな名がなかっただけ」というOB選手は多い。握りから分類するか、変化から分類するか。投手自身の意識から分類するか。それによって変化球の系譜は違ったものになってくる。ここでは球種別にその代表的操り手、“マジシャン”たちの歴史を追ってみた。

V9エースの魔球


カーブ歴代操り手TOP3
堀内恒夫(巨人/写真)
沢村栄治(巨人)
金田正一(国鉄ほか)


堀内の握り


 文字どおり、“曲がる球”。もっとも歴史ある変化球だが、日本ではかつてタテに変化するドロップと横に変化するカーブに分けられていた。ドロップの名手と呼ばれたのが、伝説の大投手・沢村栄治(巨人)だ。“懸河のドロップ”と称され、一度、上に浮き上がってから何度かブレーキをかけるように曲がりながら落ち“3段ドロップ”とも言われた。2リーグ制後では左腕の金田正一(国鉄─巨人)が有名。長身もあって「2階から落ちてくるようだ」と言われた落差で猛威を振るい、58年、巨人・長嶋茂雄のデビュー戦では4打席4三振を奪うカギとなった。アンダースローでは南海の杉浦忠の“横のカーブ”が有名。すさまじく曲がるので、左打者が空振りしたのに腹に当たったこともあったという。

 ドロップ、つまりタテのカーブは緩急に加え、打者の目線を上げる効果もある。また、ほかの変化球以上に腕の振りが鋭く、かつボールが遅いほうが効果的だ。かつては速球派が見せ球、ウイニングショットの両方で使うことが多く、V9巨人のエース・堀内恒夫も得意とし、右バッターの山内一弘(広島)が自分の頭部に来たと思って尻もちをついたら、そこから曲がってストライクになった逸話もある。堀内は小さいころの事故で右手人さし指が短くなり、うまくボールがスポンと抜けるようになったという。80年代以降では巨人の江川卓が“快速球+タテカーブ”の代表格。桑田真澄(巨人)、左腕の工藤公康(西武ほか)のカーブもブレーキが効いていた。中日今中慎二(左腕)、阪急ほかの星野伸之はストレートの球速はさほどではないが、人を食ったようなスローカーブで打者を翻ろう。三振の山を築いた左腕だ。

数種類投げ分けた大エース


スライダー・カットボール歴代操り手TOP3
稲尾和久(西鉄/写真)
伊藤智仁(ヤクルト)
ダルビッシュ有(レンジャーズ)

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