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野球場特集・魅惑のボールパーク

消えた9球場の思い出〜忘れじの激闘の舞台〜

 

ここでは、かつての本拠地球場で、現在では取り壊されている球場のうち9つをピックアップして紹介する。最新型の球場もいいが、古き球場にも、オールドファンのみならず、心にジワリと響く魅力がある。

東京スタジアム(1962〜1977) 下町に登場した光の球場


開場当時。球場周辺には民家が並ぶ。なお、内野の天然芝は、いつの間にか土になっていた


 東京の下町に誕生。“光の球場”と呼ばれた。サンフランシスコ・ジャイアンツのキャンドルスティク・パークを模した造りで、日本では初めてゴンドラ席、バリアフリーを考えたスロープ式の階段を設置、内野に敷いた天然芝も話題となった。球場下にはボウリング場があり、冬季はスタンドがスケート場に。「球場下に地下鉄を引っ張り、将来的には映画館なども設置し、一大レジャーランドに」と、大映映画社長でもあった名物オーナー、永田雅一は意気軒昂だったが、土地の買収におカネがかかったこともあるのか、球場は狭く、“本塁打量産球場”とも言われた。最後、永田は本業の映画会社の経営難から球場と球団を手放した。

夜、照明で輝く東京スタジアム


■球団:大毎・東京・ロッテ
■所在地:東京都荒川区南千住
■開場年:1962年5月31日
■収容人数:3万5000人
■スペック:両翼90m/中堅120m
■芝:内野=天然芝、外野=天然芝(1971年データ)

後楽園スタヂアム(1937〜1987) プロ野球と社会人野球の聖地


V9巨人、そしてONを主役とした名勝負の舞台に。写真はジャンボスタンド、人工芝の最終形


 開場以来プロ野球公式戦を7172試合開催した“プロ野球の象徴”。ボクシング、プロレスを開催する後楽園ホールも隣接している。巨人、日本ハムの本拠地として記憶する人が多いかもしれないが、もともとは37年に結成された「イーグルス」の本拠地球場。多角的使用でも知られ、プロレス、ボクシング、コンサート、さらには雪を新潟から運んでのスキーのジャンプ大会も38年に行われている。同年は都市対抗も神宮から会場を移した。70年にはジャンボスタンドが造られ、76年には日本初の人工芝も敷かれた。87年、王貞治監督の下、巨人が優勝を飾ったが、それが後楽園ラストイヤー。すでに東京ドームの建設が進んでいた。

87年後楽園サヨナラゲーム


■球団:巨人、日本ハムほか
■所在地:東京都文京区後楽
■開場年:1937年9月11日
■収容人数:4万2337人
■スペック:両翼87.8m/中堅120.8m
■芝:内野=人工芝、外野=人工芝(1987年データ)

川崎球場(1952〜2000) 幾多のドラマをつくった「劇場」

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