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勝利を支えた栄光のG戦士たちインタビュー

現巨人軍OB会長・中畑清(1976〜89年在籍)インタビュー 燃える絶好調男 「プロ野球人生のすべてがこの6000勝の中に入ってる。中畑清そのもの!」

 

ONが現役を引退した後、1980年代のチームリーダーとしてけん引した。常にファンを意識したパフォーマンスで人気を博し、今なお巨人愛にあふれた「絶好調男」が熱く語る。
取材・構成=椎屋博幸 写真=BBM

現役時代は絶好調男としてハツラツとしたプレーでチームをけん引した


まさかあこがれたチームで


 少年時代にあこがれ、野球にのめり込む要因となった巨人と長嶋茂雄王貞治の存在。まさか自分が、そのチームで一緒に戦うことになるとは思っていなかった。その喜びと幸せを感じながら、巨人の勝利へ向け、まい進し続けた。

──巨人が6月19日の開幕戦(対阪神戦=東京ドーム)で6000勝を達成しました。

中畑 ん〜〜私もそのうちの何勝かは、貢献したはずですよねえ(笑)。

──何勝という小さい数字ではないと思いますが(笑)。

中畑 なら700勝くらい? いやいやそこは私のバットで勝った試合が何勝あったかということで、サヨナラヒット、サヨナラホームランなど打っていますからねえ。

──それだけが巨人への貢献ではなかったと思いますが……。

中畑 もちろん、同点タイムリーや、得点を取るときのおぜん立てなど、チームを勝利に導く働きをしたこと。それで巨人の1勝に貢献できたという喜びは常にありました。そう考えると、さまざまな勝ちに貢献できたとは思っています。でも巨人が6000勝をしたというのは何か感慨深いものはありますよね。「中畑清」という少しだけ巨人で活躍したレジェンドがいた、と巨人ファンの記憶に残してもらえたらうれしいですねえ(笑)。

──もちろん、中畑さんが小さいころにあこがれていたチームは巨人ですよね。

中畑 当然ですよ。というより長嶋茂雄さん(巨人軍終身名誉監督)にあこがれていた。それと王さん(王貞治ソフトバンク会長)とのONは、私たちの子どものころは「神様」みたいなものでしたからね。川上(川上哲治)さんの現役時代の記憶はないんですよ。小さいころの記憶は、長嶋さんと王さん。2人に始まり、V9時代へと。その時代の巨人のレギュラーの人たちは、劇画の世界、マンガの世界の人のような感じでしたからね。

──やはり小さいころは、テレビにかじりついて見ていたのでしょうか。

中畑 そのとおりです。巨人の強さにあこがれ、ONのカッコよさに惹かれ、野球の面白さにとりつかれ、野球にはまっていった。その要因が巨人であり、長嶋茂雄さんだったわけです。

──巨人に入団した後、あこがれの長嶋監督の下でレギュラーに成長していくわけですね。

中畑 こんな幸せはないでしょ?(笑)。当時は、多くの少年がプロ野球を目指し、多くの野球少年が、長嶋茂雄にあこがれ、プレーしていたわけですよ。そんな人が私の恩師になって、一緒に巨人の勝利のために戦ったというのは、何とも言えない喜びですよ。

──選手冥利につきますね。

中畑 あこがれた巨人のユニフォーム。長嶋さんと同じユニフォームを着て、そして長嶋さんにいろいろなことを教わり、巨人のファンから愛される!? 中畑清に育ててもらえたわけですよ。今でも長嶋茂雄さんの下に中畑清がいると、ファンに思われている部分があると思うのですが、そう思われるという幸せはこの上ないですよね。

──「長嶋茂雄さん=巨人」と中畑さんの中では、そうなるのですね。

中畑 当然でしょう(笑)。DeNAの監督になったときにも、長嶋さんに・・・

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