有事であればこそ、組織のガバナンスが試されるというもの。「3.11」以降、日本プロ野球機構(NPB)の場合はどうだったのだろうか。10年経過した今、野球界での出来事を振り返りながら、あらためて検証してみたい。 文=石田雄太 写真=BBM 球界に潜む根深い問題点
10年前――今でも心の中に引っ掛かっていることがある。
2011年3月14日、岐阜の長良川球場でジャイアンツとタイガースのオープン戦が行われた。3月14日といえば、東日本大震災の3日後のことだ。試合を行うからこそ生まれる利益を被災地への義援金としたことや、「こういうときでも野球をお見せするのがわれわれの義務」(当時の桃井恒和球団社長)としたジャイアンツの経営トップの言葉は、企業トップとしては理解できる発想である。
しかしプロ野球は「文化的公共財」だと加藤良三コミッショナー(当時)は言った。ならば球団は公共の利益をもっと慎重に考えなければならなかったのではないか、という思いは拭えない。3月14日というのは気象庁が『マグニチュード7以上の余震の発生する確率が70パーセント』と厳重な警戒を発している最中だった。実際、この試合中に出された緊急地震速報には岐阜県が含まれていた。そして信越地方を震源とする地震が試合中に起こったのだ。長良川球場の揺れは試合進行を妨げるほどのものではなかったが、それは結果論である。何より問題なのは、気象庁が警戒を呼び掛けていた時期だったというのに、開催を決めたのが主催球団だったというところだ。こういう非常時に試合を行うべきか否かの判断をコミッショナーが下せなかったのである。ここに、今につながる日本球界の根深い問題点が潜んでいる。
野球協約にはコミッショナーに試合開催をストップする法的な権限がなかった。ただ・・・
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