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あの夏の記憶。わが青春の甲子園

あの夏の証言 日本ハム・野村佑希「2年夏の全国制覇よりも格段にしんどかった最後の夏」

 

根尾昂藤原恭大の大阪桐蔭(北大阪)が春夏連覇を遂げ、吉田輝星が881球の熱投を演じ金足農(秋田)が旋風を巻き起こした100回目の夏。前年の夏覇者である花咲徳栄(北埼玉)の野村佑希も前評判どおりの強打で聖地を沸かせた。
取材・構成=滝川和臣 写真=BBM

野村佑希[花咲徳栄高2016〜18/現・日本ハム]

北埼玉大会では不調だった打撃が甲子園で快音を響かせた。3年夏は2本塁打


【甲子園成績】2年夏優勝、3年夏2回戦

1年秋から四番に。2年時に打撃覚醒


夏に2度甲子園の土を踏み、通算8試合で35打数17安打4本塁打、打率.486と強烈なインパクトを残し、ドラフト指名につなげた日本ハムの若き大砲。2年の夏は、花咲徳栄に埼玉県勢初の全国制覇をもたらす原動力となった。しかし、野村佑希は「四番」として、「エース」として、チームの先頭に立って戦った3年夏の経験が価値あるものだったと語る。



 高校入学前はプロなど考えられない状況の中で、岩井隆監督に声を掛けてもらい花咲徳栄への進学を決めました。監督がいなかったら高校でちゃんと野球をやれていたかも分かりませんし、プロ入りなどとても無理だったと思います。1つ上に清水達也さん(現中日)、西川愛也さん(現西武)たちがいてレベルの高い世界に触れることができたことも大きかったです。一緒にプレーしながら、このくらいのレベルの選手がプロに行くという分かりやすいお手本となっていました。

 入部したときは投手希望でしたが、1年夏に野手に転向しました。それでも、秋はヒットを2、3本しか打てずに、レギュラーで打率最下位の状態。自分の中では、(投手をやりたい)という気持ちがまだあって、実際に練習では少し投げていたんです。でも先輩たちの代にはいい投手が何人もいたので、僕が投げる必要はありませんでした。

 岩井監督は・・・

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