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超高校級!! 注目選手クローズアップ

風間球打(明桜高/投手) 特別な18歳の誕生日「謙虚に、ということで、昔から父に言われている」

 

2年夏の秋田県高野連主催の独自大会で150キロの大台を突破すると、今夏の県大会準々決勝では157キロを計測。「世代最速右腕」にとって忘れられないバースデーとなりそうである。
取材・文=高橋昌江 写真=田中慎一郎

自身初の甲子園となった今夏は帯広農高[北北海道]との1回戦で最速150キロを記録し2失点完投勝利[4対2。写真]。明徳義塾高との2回戦で敗退も最速152キロとインパクトを残した


 甲子園2回戦で明徳義塾高(高知)に敗退し(2対8)、高校野球に終止符を打った明桜高・風間球打の気持ちは「次」へと向かっていた。

「負けてしまったので、それは悔しいんですけど、最後に甲子園で戦えたというのはうれしい。思い切ってできたので、良かったと思っていますし、学んだことがすごくいっぱいありました。自分は次のステージがあるので、それに向けて、今は取り組んでいます」

 秋田に戻り、キャッチボールなどを再開。10月11日のドラフト会議をじっと待つ。「運命の日」は、風間の18歳の誕生日である。

 2003年の10月11日、風間家の三男として生まれた。野球経験者の父・啓介さんの思いが詰まった「球打」と名付けられた少年は、兄2人の背中を追って成長。のんびりした環境で、スポーツ万能少年に育っていく。

「家の周りは畑が多く、空き地もあって。父がキャッチボールやバッティングをできる環境にしてくれて、学校が終わると練習していました。サッカーも好きなので、兄弟でサッカーもやっていました」

 野球チームに入るのも自然な流れ。中学では陸上部に所属しながら(あまり行かなかったというが)、笛吹ボーイズでプレーした。

 風間が中学2年になる17年4月、明桜高の監督に就任したのが、山梨県出身の輿石重弘監督だった。山梨県の知人から連絡が入り、中学3年の風間の投球を見たとき、「素晴らしいピッチャーになる」と想像が膨らんだという。打撃センスもあり、身体能力の高さを感じた。

「ほかの人と違うことをやりたいという感じがあって、県外も楽しそうだなという気持ちもありました。人と一緒のことはあまり、したくないんで」という、風間の思いとも合致。故郷を離れ、秋田県で高校野球をスタートさせた。

 父・啓介さんと「高校で150キロを投げる」と目標を立て、最速135キロで入学。輿石監督からも球速目標は「150キロ」と提案された。そしてもう1つ、プロ野球選手になりたいという将来の夢を抱いていた風間に指揮官は、いずれドラフト1位で指名される選手になるよう「ドライチ」という目標も提案した。

 明桜高の野球ノートには、大谷翔平(エンゼルス)が岩手・花巻東高時代から取り組んでいることで知られる「マンダラート」があり、その真ん中のマスには「150キロ」と記入。輿石監督が配った大谷の投球フォームと打撃フォームの分解写真も部屋に貼(は) った。大谷に関しては「昔から好きで、映像を見ていた」と、ここでもイメージが一致した・・・

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