高知中3年夏に軟式球で150キロを計測し、注目を集めてきた。高知高で甲子園の土を踏むことはできなかったが、充実の3年間を過ごした。 取材・文=岡本朋祐 写真=梅原沙織 好きな言葉は「感謝」。多くの人に支えられ、日々、野球に打ち込めている現実にありがたみを感じている。今度は応援してくれる人に、恩返しをしたい思いを強く持っている
高校3年間で、最も印象に残る試合。
森木大智は間髪を入れずに「昨秋の四国大会です」と答えた。意外だった。自身初の甲子園出場まで目前に迫った今夏の高知大会決勝(対明徳義塾高)かと思ったが……。
センバツ出場をかけた2年秋。高松商高(香川)との1回戦で敗退(2対5)し甲子園は事実上、消滅した。
「絶望的でした。あそこで、僕が這(は)い上がってこられるか試された。結果としては、甲子園の土を踏むことができず、這い上がることはできなかったかもしれませんが、夏までの過程においては、あきらめずにやってこられた。這い上がろうとする姿勢を、貫くことはできたと思います」
高知中3年夏に150キロを計測。軟式球で過去に例がないと言われる大台に「スーパー中学生」と騒がれた。系列校である高知高入学以降も注目され、150キロは「過去の自分」と割り切ったが「気にしないようで、気にしていた」と、硬式球とのギャップに悩んでいた。
「軟式球は力任せで速球が投げられ、ボールがつぶれるので、回転数も上がる。硬式球は力むと、ボールが
シュート回転する。押し込む感覚が大事で、7〜8割でリリースの瞬間に100%の力を集約させる。しっくりくるまでに、1年かかりました」
故障と向き合う日々も続いた。高知中1年時に腰を痛め約3カ月、コルセットを装着しての生活が続いた。この間に体幹を鍛え、基礎体力をつけ、3年時の150キロにつなげた。背番号1を着けた高校1年夏には右ヒジを痛め、同秋は1イニングを投げたのみで、県大会準々決勝で敗退。冬場のトレーニングを経て手応えを得ていたが、コロナ禍で2年春の県大会、同夏の県大会も中止となった。
センバツをかけた勝負の2年秋。県大会準々決勝で151キロを計測して「過去の自分」を超えると、明徳義塾高との決勝では延長12回日没
コールド(1対1)。森木は170球を投げた一方、相手左腕・
代木大和は193球という壮絶な投手戦を展開した。成長の跡を見せたものの、四国大会は初戦敗退と実力を発揮することができなかった。
試練はなお、続く。今年2月、練習中に・・・
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