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2023球界マネー事情

“銭闘”喜怒哀楽etc.史 契約更改で繰り広げられた攻防

 

現在のように下交渉がしっかり行われていなかった以前の契約更改では、当日に年俸額が提示。その場で、ひと悶着が起こることが多々あった。“銭闘”で繰り広げられた喜怒哀楽。契約更改のさまざまなエピソードをピックアップした。
写真=BBM、※年俸は推定

[逆]名将の言葉とは真逆の思い



「グラウンドにはゼニが落ちている。人が2倍練習してたら3倍やれ。3倍してたら4倍やれ。ゼニが欲しけりゃ練習せえ」。これは、南海を率いて歴代監督最多となる通算1773勝を挙げた名将・鶴岡一人監督の言葉だ。選手を奮起させるのに、これほどグサッとくる言葉はなかなかない。ただ、刺さらない人は刺さらない言葉でもある。1980年オフの香川伸行がとった行動はある意味、この言葉とは真逆のもの。というのも、香川は金額も見ずに判を押し、「金が欲しゅうて野球やっとるんやない」とひと言。まあ、お金のためであってもなくても、一生懸命プレーしてくれれば、球団としては文句はない。

[消]頭と手から消えた額



 決意を持って臨むも……。人が良く、いつも提示額に対して一発でサインしてしまう阪急(現オリックス)・今井雄太郎は、19勝を挙げた1981年オフの契約更改の席で、しきりに左の手のひらを見ていた。そこに書いてあったのは数字。確かに数字を書いて更改の席へと向かったのだが……。夫人に「この額より下はダメ!」と言われていた数字を書いていたのだが、その額は“頭”からも、そして“左手”からも消えてしまった。というのも、緊張から出た手汗で数字が消え「いくらか忘れた」。結局、またも一発サインしてしまったとか。決意は手ではなく、心に刻むべき!?

[願]自分で払って1億円に!?


 投手で初めて1億円プレーヤーとなったのは西武東尾修だ。森祗晶新監督の下、12勝を挙げた1986年。第8戦までもつれ込んだ日本シリーズでも3度先発し、3年ぶりの日本一に貢献していた。その年オフの契約更改。下交渉で最初に提示されたのは9500万円だった。しかし・・・

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