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WBC特集 あの感動よ、もう一度【回顧編】

岩隈久志 WBC回想インタビュー 侍が一つになった「原監督からは『君たちはできるから』という言葉しか掛けられなかった」

 

2月17日から始まった侍ジャパンの宮崎合宿。14年ぶりの世界一へ向けて始動だ。侍ジャパンはWBCでさまざまな死闘を繰り広げ、2度の栄冠を勝ち取った。そこで今週は本番を前に、過去の感動と栄光の瞬間を振り返っていく。ここでは2連覇を達成した2009年の第2回大会で大活躍し、決勝のマウンドで躍動した岩隈久志氏にあの熱い1カ月を振り返ってもらった。
取材・構成=椎屋博幸 写真=BBM
※( )の所属は各大会当時の所属球団。また名前も大会当時の登録名

2連覇を達成しドジャー・スタジアムのロッカーでジャンパンファイトに酔った侍ナイン


WBC球には慣れていた


 2004年のアテネ五輪では、自分の力を出し切れなかった岩隈久志。もし日本代表に選ばれたときは、自分の力を発揮できるように準備はしていた。前年の08年に21勝4敗で、沢村賞を獲得した。この09年の侍ジャパンには、自信を持って臨み、楽しみながらやりたいと思い参加したという。

 宮崎合宿で全員が集まったときには、緊張感もありましたが、これだけのメンバーが集まり、楽天からはマー君(田中将大)もいたので、安心してみんなで頑張ろうという気持ちで「一人じゃない!」と思いながらやっていましたし、いい準備ができていました。

 宮崎では連日スタンドは満員で「うれしいな」と。こんなに応援されているんだ、と。その中でまず、ボールに慣れることと調整に集中していましたが、この合宿期間は非常に楽しかったんですよ。オフのときからWBC公式球を使用してキャッチボールをやってきて、楽天キャンプでも使ってきた中で、宮崎合宿では、違和感はなくなっていた記憶があります。あの合宿で一番緊張したのは、シートバッティングのときですね。相手は代表選手で当てたらいけないので、ボールが抜けないようにしようと(笑)。

 一方で、本戦が始まるときはやっぱり緊張しましたね。第1戦は投げていないのに……今までのシーズン開幕戦よりも緊張感がありました。何よりも“勝たないといけない”という思いと、ファンの絶対に勝ってほしいという思いが重なっているのかな、と思いましたし、それを肌で感じていました。

 第1ラウンドを勝ってアメリカに移動。メディアの人の多さとファンの熱い応援を日本では肌で感じていた分、アメリカへ行ったら、その重圧が少し減ったことで、チームの雰囲気が変わったのは覚えています。

 そして何より、アリゾナで時差調整のための練習や練習試合が組まれたので、それが雰囲気を良くしたと思います。リラックスして調整することができ、気持ちの部分でオンとオフがつくれた。僕自身はアリゾナでは登板することなく、じっくりと調整ができました。今振り返るとあの時間はチームにとっても大きかったのかなと思います。

キューバ戦は変化自在に


 そしてペトコ・パークでの第1戦、キューバ戦はデーゲーム。あの試合で・・・

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