
選手の活躍に盛り上がるベンチの新井貴浩監督ら
担当を本格的に引き継いで初の特集づくりは、準備の時期が『栄光の日本スポーツ史 昭和100年シリーズ Vol.1 プロ野球 1934-1988』(好評発売中)のページづくりの時期と重なった。一応平成生まれで、特集テーマの起点である1975年の初優勝にはやや心の距離を感じていたため、あらためて球団の昭和期を振り返る機会ができたのは渡りに船だった。
球団の草創期の存続危機から、市民の支えもあって立て直し、なおも勝てない時期が続いた中、75年にジョー・ルーツ監督のチーム改革を経て、悲願の初優勝。いいときも悪いときもある勝負の世界で、貧しさも乗り越えて戦力を整え、猛特訓を重ねて常勝の時代をつくり上げた軌跡は胸を打つものがある。
一方で、“伝統”というものの正体を追い続ける時間でもあった。70年以上にわたる球団の歴史の中で、受け継がれてきたものはあるはず。目に見えるもの、見えないもの、球団の人だから分かるもの、ファンだから分かるもの……。
もちろん、春秋のキャンプでの振り込み、投げ込みの猛練習などは「カープ伝統の」と表現される。投手力や機動力のイメージも健在だ。それでも時代は移り変わり、例えば本拠地も旧
広島市民球場からマツダ広島に移って今年で17年目。アップデートされていくものもある中で、残っていく伝統とは。
シーズンに入って初の本拠地取材では、オープン戦とは比べ物にならないファンの数と熱量に圧倒されそうだった。昨季のホーム戦の動員数は208万5671人、1試合平均は2万9376人で、12球団中7番目に多かった。今季は5月25日現在で、1試合平均2万8102人もの人が足を運んでいる。

シーズンを通して多くのファンが集う本拠地のマツダ広島
新型コロナ禍前は16〜18年の3連覇効果もあって1試合平均3万人超えの年が続いており、水準は戻りつつあるだろう。ファン層も広い印象で、思い思いのレプリカユニフォームを着て応援やグルメを楽しみ、球場全体を真っ赤に染めている。

勝利後のヒーローとファンの触れ合い
とあるOBの方の取材では、こんなことを伺った。「今なお、カープが負けると次の日、機嫌悪い人は多いよ。カープという球団を励みにしてくれているんだね」。ファンや市民の日常に溶け込むカープ愛。これも伝統に違いない。

5月13日、今季2度目のサヨナラ勝ち。延長12回の激戦の末の粘り勝ち
最後のリーグ優勝からは6年、最後の日本一からは40年が経過している。平成の間の日本一はかなわなかったが、今チームが進むのは令和初の優勝、日本一への道。新たな時代の栄光へ、新たな伝統が作られている最中、と結論付けておこう。

5月14日、お立ち台で大瀬良大地から水をかけられて祝福される矢野雅哉。これらのシーンも、きっと新たな伝統の一部に
文=相原礼以奈(広島担当) 写真=井沢雄一郎