
伊東キャンプでポーズを取る長嶋監督。陣頭指揮を執った
1979年シーズンは、5位に終わった。「強いジャイアンツ」を復活させるために長嶋監督が決断したのが、従来の猛練習以上の「猛練習」だった。戦前の伝統的な“茂林寺特訓”を静岡県の伊豆・伊東スタジアムで再現させた。18人の精鋭を引き連れて、新たな伝説として語り継がれる「地獄のキャンプ」となった。
“茂林寺特訓”とは
巨人軍創設期の伝説的なキャンプだ。1936年に当時の藤本定義監督が群馬県館林市の茂林寺分福球場で、文字どおり“血を吐くような”猛特訓を行ったのだ。
10月28日、18人が伊東駅に到着した。従来の秋季練習は「春季キャンプに毛が生えた程度」のものだった。けれども、翌29日のキャンプ初日、そんな甘い考えは吹き飛ぶことになる。部屋に戻ってもユニフォームを脱ぐ力すらないほどの壮絶さに、選手たちは黙り込んだ。
強い巨人を取り戻すために・・・
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