2020年夏、甲子園交流試合の16試合で、柵越えした本塁打は2本。県岐阜商の三番・キャプテンが放った一打が第1号だった。最終回、チームを沸かせた「あの一本」。それは、悔しさを乗り越えて仲間と迎えた特別な夏の証しとして、今も背中を押し続ける。 取材・構成=相原礼以奈 写真=牛島寿人、毛受亮介、井沢雄一郎 
佐々木泰[県岐阜商/現広島/内野手]
1対4で迎えた9回、左翼へのソロ本塁打を放ち2点差に迫った
「終わったわけじゃない」やり切る思いを胸に
2025年、青学大からドラフト1位で広島に入団。5月に一軍初昇格すると、2戦目で初安打の二塁打を記録するなど結果を残した。6月7日に右第一肋骨の疲労骨折のため離脱したが、実戦復帰を見据えて練習を再開している。注目のルーキーも、20年に甲子園交流試合を経験した1人。校内の新型コロナ感染のため県の独自大会も出場辞退を余儀なくされた中、甲子園で「最初で最後の公式戦」に臨んだチームの主将だった。 ──高校時代のお話を伺いますが、その前に、肋骨骨折のケガの具合はいかがでしょうか。
佐々木 今はバッティングも始められていて、順調に回復しているとは思います。ノックもやって、練習は基本、全般をやっています。あとは、ピッチャーの球を打っていないだけですね。
──練習を本格的に再開させていて、実戦復帰も近そうですね。
佐々木 実戦は8月1日からの予定です。この期間、トレーニングというところは自分の中でも特に意識していましたし、体を強くしないといけない気持ちはすごくあるので、そこは、より力を入れました。(※取材日は7月16日)
──それでは、今回のテーマに入ります。高校3年の春、センバツが新型コロナの影響で中止となりました。そのとき、どう受け止められましたか。
佐々木 その年の冬の期間は、みんなで「センバツで勝つために」という気持ちで頑張って取り組んでいたので、すごく残念でした。でも、「まだ夏がある」という感じではいたので、割とすぐに気持ちは切り替えられたかなと思います。
──その後、5月に夏の大会も中止に。
佐々木 最初は、コロナというものがそこまで長引くとも思っていなかったので、春がなくなりましたが、夏までには収束して大会もできるだろうという感じでいました。それが、だんだんコロナの感染拡大がひどくなっていったので、「夏も、もしかしたら……」という感じはありました。夏の大会の中止は残念というか、悔しいという気持ちがあったのは、今でも覚えています。
──それから、甲子園交流試合の開催が発表されましたね。
佐々木 もう本当に、ありがたいなという気持ちでしたし、そういう機会をくださった連盟(日本高野連)の方にも感謝の気持ちがすごく大きかったです。同時に・・・
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