三冠王に輝いた打棒で歓喜をもたらした1985年のランディ・バースが象徴的だが、優勝したシーズンで外国人選手の働きは大きかった。ここではバース以外のVをもたらした助っ人を取り上げる。 写真=BBM 【1964V】ジーン・バッキー
“スネーク投法”で外国人初の沢村賞

ジーン・バッキー[投手] #4
【1964年成績】46試合=29勝9敗、200奪三振、防御率1.89
“スネーク投法”と呼ばれた、191cmの長身と長い腕をくねらせるような投げ方が持ち味。ナックルと打者の胸元を突く荒々しいブラッシングボールが武器。Vイヤーの1964年には29勝を挙げ最多勝、防御率も1.89で最優秀防御率に輝くとともにベストナインにも選出され、外国人選手初の沢村賞にも選ばれた。
本名は「バッケ」に近い発音であるものの、藤本定義監督の「そんな化け物みたいな名前はやめとけ」の一言で「バッキー」に。62年のシーズン途中に、アメリカのマイナーからテストを受けて入団。65年には
巨人戦でノーヒットノーランを達成。68年の試合中に乱闘があり右手親指を骨折、翌年近鉄に移籍したが0勝7敗で退団した。
阪神助っ人で唯一の通算100勝をマークしている。
【1985V】リッチ・ゲイル
頂上決戦で2勝 日本S初の胴上げ投手
赤いヒゲが印象的な、198cmの長身右腕。阪神1年目の1985年は先発としてフル回転して13勝を挙げ、
西武との日本シリーズでも2勝をマーク。第6戦では・・・
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