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オーストラリアン・ベースボール・リーグレポート

豪州で腕を磨く若武者たち

 

飛躍を目指す若手にとってオフはない。今年もオーストラリアのウインターリーグで腕を磨く若武者がいる。かれらの奮闘ぶりを現地からお届けする。
文=前田恵 写真=SMP Images/Ian Knight

「日本人はよく練習する」


 リーグ誕生5年目のシーズンを迎えたABL(オーストラリアン・ベースボール・リーグ)。今季はNPBから、2球団計6人の選手が参加している。埼玉西武宮田和希藤澤亨明(以上2選手は11月下旬で帰国)、誠、福倉健太郎佐藤勇はメルボルン・エーセズ、東北楽天中川大志はパース・ヒートの一員として、奮闘中だ。

 そんな彼らを訪ねたのは12月上旬、エーセズの本拠地メルボルン・ボールパーク。練習日の火曜だった。ABLでは基本的に、毎週木曜から週末にかけての4日間が試合日。月曜が休日で、火、水曜に全体練習が行われる。“全体練習”とはいっても、ダブル・ワークを持つオーストラリア人選手は平日昼間の練習に参加することができない。エーセズの場合も、平日練習は“ウインターリーグ”として野球1本でチームに在籍するアメリカ人、日本人の選手だけで、打者はバッティング、投手はランニングやピッチングを行う程度になる。

「選手たちには、毎週自分の練習予定表を提出させています。今週は土日に2人、先発が決まっているので、そこから逆算して火曜日だけこちらで練習を決め、それ以外はウエートも含めて各自でプランを立てる。それも練習のうちですね」と、同行の広池浩司ファームディレクター補佐。

 この週は火曜日にある程度ランニング、強化練習などで追い込み、水曜日はそれぞれがランニングなどのメニューをこなした。誠、福倉は先発登板に備え、それぞれ火、水曜にピッチング。中継ぎの佐藤は水曜日、中距離のランニングを10〜12本行った。「日本人選手は、私たちが見ていなくても、ちゃんとよく練習するから安心だよ」とは、エーセズのトミー・トンプソン監督。MLBホワイトソックス傘下のマイナーで20年超の指導者経験を持つ。「アメリカ人選手の中には、私がちょっと後ろを見ていると、サボるヤツもいるからね(笑)」

 全体練習は3時間程度。日本人選手たちは練習開始の30分前にグラウンドで動き始め、練習上がりも30分ほど遅めだった。帰ってからは、スーパーマーケットに食料品の買い出しに行くのだという。

 埼玉西武からは選手、スタッフ合わせて総勢7人。『サービスド・アパートメント』と呼ばれるキッチン、洗濯機付きのホテル3室を借りて暮らしている。選手は1室に3人だが、ベッドルームは3部屋、バスルームも2つあり、プライベートの時間も確保されるようだ。夕食は選手3人で協力して作り、年長のスタッフたちに振る舞う。

「僕は小学校のとき、母を手伝って以来の料理ですけど、ハンバーグとかカレーとか、みんなで力を合わせて作っています」と佐藤。「だれがなんの当番っていうのは決まっていなくて、今日は自分が皮をむく、野菜を切る、じゃあだれが米を炊く、味付けをする、といった具合。僕の得意料理は、オムライスです。卵を甘くしてトロトロな感じのが好きなんで、そこは譲れないって自分で味付けをしました。みんな、最初は“エ〜ッ”って感じでしたけど、食べたらオイシイって言ってくれました(笑)」(誠)

 そんな誠は昨季に続き2度目の参加で、「慣れている部分も多いので、誠にはずいぶん助けてもらっていますね」と福倉。一番の掃除好きは福倉で、気が付いたら「ちょこちょこキレイにしている」そうだ。

▲6日のパース戦で先発した誠。13日のキャンベラ戦では8回無失点で勝ち投手に



楽しみながら、一生懸命に


 12月4日は、今季初めてのヒート戦(メルボルン)。「中川さん、僕らがいること知っていますよね」(誠)とエーセズの3人は、久々の日本人選手との遭遇にうれしそう。ヒートナインが球場に到着するや、練習の合間を縫って、挨拶をしに走った。

 この日、スタメン出場から外れた中川に試合前、さっそく話を聞いた。

「今年、調子も成績も上がらないままシーズンを終えてしまったんです。このままでは来年どうだろうかと不安があったので、まだ実戦ができるウインターリーグにチャンスがあれば行きたい、と自分からお願いしました」

 派遣が決まったときは、「本当にうれしかった」という。楽天からは、単身での参加。本拠地・パースでは、日本語を話すスタッフがサポートしてくれるが、遠征は一人でチームと行動をともにする。

「まだまだ英語で細かいニュアンスを伝えることは難しいけど、聞き取りはずいぶんできるようになりました。それでも食事のときなんか、皆何を言っているか分からないんで、とりあえず愛想笑いしています(笑)」

 休日の月曜日も、「休んだって暇だから、練習場に行ってウエートやバッティングをしている」のだという。「大志は、本当に一生懸命やっているよ」と言うのは、ヒートのジム・ベネット・ベンチコーチだ。この4連戦、スティーブ・フィッシュ監督が夫人の出産に立ち合うため、監督代行を務めた。「言葉の壁のある異国でプレーするのは、簡単なことではない。でも彼の言葉の上達には驚かされるし、チームプレーヤーとして献身的にプレーする姿にも、感心しているよ」(ベネットコーチ)

▲元ヤンキース他のグレイム・ロイドコーチとハウスシェアしているという中川



 エーセズが5対1とリードして迎えた7回表、マウンドには佐藤が上がった。一死後、七番打者を歩かせたところで「代打・中川」。中川は8球目をライト前に運んだ。

「結果を出したいと思うと、大振りになってしまう。長打を狙うのではなく、センター中心に打ち返していく中で、左右にしっかり大きな当たりを打てるようになれればいいと思って、今、打席の中でいろいろなことを試しながら、自分のバッティングを作っています」と試合前に言ったとおりのクリーンヒットだった。

 一塁ベースで、ファーストのデグランが「元気デスカ?」と日本語で声を掛けてきた。「グッド・ジャパニーズ!」と英語で軽く返す。テキサス出身のデグランは、ロッカーが誠の隣。「よく話しかけてくれるいいヤツなんで、いろいろ日本語を教えていたら、中川さんにも話しかけたみたい」と、後で誠が笑いながら教えてくれた。

 さてマウンド上の佐藤はそこから2者を打ち取ったものの、8回に本塁打、四死球2つと乱れ、1回1/3(4失点)で交代。結局試合も5対6と逆転負けを喫してしまい、後日、「四球で自滅して、という自分の一番悪いパターンが出てしまった。それでは意味がない。持ち味の真っすぐでいかに打ち取れるか、少しでも自信をつけていかないと」と振り返った。

「本当は今年の後半、一軍に上がる目標を立てていたんです。それができなかったから、来年を勝負の年にしたいと思いました。そこへ、このウインターリーグの話をいただいたので、ここで試合経験を積み、しっかりした準備をして来年のキャンプを迎えたいと思っています」(佐藤)

▲12月4日のパース戦での佐藤。次の登板では1回を無安打に抑えた



 日本では経験したことのない、中継ぎ。ただ、そこでいいピッチングをすれば、先発の機会も訪れる。福倉も渡豪後2試合、中継ぎで登板し、先発のチャンスをつかんだ。

「僕はまったく初めての海外だったので、最初派遣を聞いたときは、不安もありました。でも来てみたら本当に楽しいし、充実しています」

 パスポートを取るところから始まった福倉が、豪州でチームメートに対し見せている積極的な姿勢には、広池ファームディレクター補佐も「意外な一面を見た」と言う。「こちらのバッターは、やはりパワーがある。だから、全員日本でいう四番バッターだと思って、少しでも気を抜いたら大きいのを打たれると意識しながら投げています。僕は真っすぐの精度、コントロールが課題。その中で、緩い変化球でタイミングを外すところはこちらでも手応えは感じています」(福倉)

▲福倉は2試合の中継ぎでのピッチングが認められ、先発の機会をもらう[写真=SMP Images]



活躍へのカウントダウン


 6日、そんなパワーヒッターに初回一死からいきなりガツンと右越えホームランを打たれたのが、この日先発の誠だった。QVCマリンをも凌駕する強風。ピッチングの途中、帽子が吹き飛ばされるほどだった。

「ライト方向に向かって強風が吹いていたので、右バッターの外の真っすぐはこすっただけでもスタンドに入る可能性が高かった。実際、それで初回に打たれました。ストレートはインコースだけで、流し打ちされないように。右バッターの外には、小さい変化球というスタイル。本当は真っすぐ中心でそれを磨くのが課題なんですが、あの風だったので、マリンを意識して投げました」(誠)

 誠は3失点、6回途中でマウンドを降りたが、その後、試合はもつれ、12回裏、相手投手のワイルドピッチでエーセズがサヨナラ勝ちを収めるという意外な幕切れとなった。

 4連戦最後の7日は、朝からの雨で、試合開始を1時間超遅らせたものの、グラウンドコンディション不良により結局中止。福倉の初先発は、翌週のキャンベラ遠征に持ち越しとなった。「来年は先発でやっていきたいので、試合をしっかり作れるよう、悪いときでもマウンド上で修正できるようにしていきたい」と福倉(14日のキャンベラ戦で7回2/3、自責点0の好投も、負け投手に)。一方この3試合で10打数3安打2打点の中川は、「相内(誠)を打てなかった(3打数0安打1三振)のは悔しかったけど、内容のある打席が送れた遠征になりました」と言ってパースまで、飛行機で約4時間の帰路に着いた。

「こちらのバッターは、日本のバッターよりも真っすぐに強い。どのカウントでも、どんなエサを撒いても、真っすぐを待っているんです。“なんでこんなにいろいろ投げた後、真っすぐのタイミングで待っているのかな”と思うくらい。だから、真っすぐを強化したいピッチャーには、いい鍛錬になります。佐藤は真っすぐを武器にするピッチャー。相内は変化球もいいけど、真っすぐが課題なので、彼にとってもいい。福倉もカーブはありますけど、真っすぐはまだまだ。彼らがここでしっかり真っすぐでバッターを押し込めるようになれれば、それが日本でも軸になると思う」

と広池ファームディレクター補佐。

「こちらの選手は、1打席1打席全力でやる。僕らは4打席チャンスをもらえる中、トータルで結果を出すという考え方に近いと思いますが、彼らは1打席、2打席、いい当たりのヒットを打っても、3打席目に打てなかったら、気持ちを表に出して悔しがる。僕も1年目、2年目は1打席1打席、必死に食らいついてやっていたはずなのに、いつの間にか1打席打てなくても、次打てばいいというふうに甘く考えて、1打席に対する思いが薄れていったのかなと思うんです」と、中川は別の面から、ABLのバッターを分析する。

「それも、アメリカのマイナーで次の日契約してもらえるか分からない中、試合をしているから、1打席にそれだけ必死になれるんですね」

 クリスマス前の帰国まで残り2週間。来季につながる手応えを得るためには、1打席、1球たりともムダにできない。

「選手たちには、いつもよく話をするんだ。君たちはそれぞれの国の代表であり、今はこのチームの一員として、メルボルンという街の代表としてプレーしている。だから、常に上を目指して努力しなさい。試合だけじゃない、試合前、そして試合後の姿勢が大切なんだよ、と」(エーセズ・トンプソン監督)

 自ら考えて投げる、打つ練習、そして試合の中の1球、1球。それが、来季の活躍へのカウントダウンになる。
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