ルーキーとは思えない“今永語録”を生む自己分析力
心の底から勝利を祈っていた。個人ではなく、チームとしてのそれだった。4月29日の
阪神戦(甲子園)。
今永昇太は今季一番といえる出来だった。初回は同じルーキーの
高山俊、
大和、
江越大賀を3者連続三振。4回まで1四球しか出さず、9三振を奪った。1点をリードした5回、先頭の
鳥谷敬にストレートの四球。続く
陽川尚将には、バックスクリーンへ逆転2ランを浴びた。ここで崩れないのが即戦力。6回2/3まで2失点で踏ん張り、奪三振は14まで積み重ねた。敵地・甲子園の熱狂的な阪神ファンすら驚かせる熱投。打線の奮起を待ち、降板後も三塁ベンチの最前線で声をからした。しかし、結果は1-2で敗戦。悔しさを押し殺し、報道陣に対応した。
「力のない人間は練習するしかない。三振を取れる投手より、勝てる投手がいい投手」
5度目の登板でもプロ初勝利を逃し、敗戦投手になるのは4度目。言い訳は一切せず「勝利投手の権利がかかっていて、今までと違う感覚だった。四球の出し方が悪い。四球にしてしまった心境を変えていかないと。ホームランはいくらでも防げますから…」と5回の失点シーンに触れた。リードした状況を迎えたのは開幕から初めて。「弱気というか守りに入ってしまった」と心の隙があったことを認めた。
ラミレス監督は「4勝0敗でもおかしくない。ベストを尽くしてくれているが、彼の時は援護ができていない」とフォロー。あまりにも気の毒な現実に直面している。
ここまでを振り返ると、4失点がワースト。デビュー戦となった3月29日の
巨人戦(横浜)でのことだが、7回で9三振を奪っている。4月5日の
中日戦(ナゴヤD)は7回1失点。14日の阪神戦(甲子園)が5回1/3を3失点とやや乱れた程度だ。
先発投手の及第点といえるクオリティー・スタート(6回以上を投げ自責3以下)も5試合中4試合で記録。ラミレス監督の言葉が安定感を象徴している。問題は打線との噛み合わせで、33イニングで援護点はたった2点。今永本人は「援護がないというのは、防御率0点台の投手が言えること。僕が粘り切れていないだけです」と自身を責めるばかりだが、援護率が0.5点なら悲運と言わざるを得ない。
駒大で全国に名前を売り、東都大学リーグ18勝を挙げた。大学4年春に左肩痛を経験。
DeNAから単独でドラフト1位指名され「本当にプロに行けるか不安になったこともある」と打ち明けることがあった。苦しみを乗り越えたからこそ、夢だったプロのマウンド投げられる喜びを実感。勝ち星に恵まれなくても、腐らずに取り組んできた。
調整法は変えず、登板までに2度のブルペン入り。4日前に50球、2日前には30球と工夫している。
篠原貴行投手コーチは「一番の良さは直球で空振りが取れること。スライダー、チェンジアップが軸になるし、緩いカーブも思った以上に使えている」と評価。ナインからは「頭のいい投手」としても一目置かれている。
理路整然と自分の言葉で説明できるタイプ。過去の対戦を振り返るミーティングでは「状況、カウント、球種、結果」をすべて暗記しているという。
女房役を務める
戸柱恭孝も「1つ1つ、自分の投球がしっかりと整理できている」と感心。向上心を忘れることはなく「勝ったときに悪いところを見つけ、負けたときにはいいところを見つけたい」と成長するための考えが確立されている。「いい投球をしても、昨日得た信頼を今日失う。それがプロ野球の世界なので…」。とても新人とは思えない言動。野球の神様も謙虚な努力家を見ていた。
長いトンネルに光が差したのは、5月6日の
広島戦(マツダ)。6試合目で待望の1勝目をつかみ取った。自己最多の125球を投げ、7回無失点。野手も「今永のために」と一致団結し、6点を取ってくれた。「勝つことがこんなに大変なんだな…」。試合後のヒーローインタビュー。大きく息をつき「まずは自分自身が借金しているので、何とかそれを自分で取り返したい」と真剣な顔つきに戻った。ベイスターズでは左腕エースがつけてきた背番号21。意味のある遠回りを経て、本物への階段を駆け上がっている。