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元巨人・ブラッドリー、第二の人生で深まった日本球界への理解

91年に来日。主に5番として駒田徳広や原辰徳とクリーンアップを組み、まずまずの働きを見せた(写真=BBM)

 

取材・文=木崎英夫

メジャーと日本のプロ野球、野球そのものには大きな違いはない


 レギュラー外野手に怪我人が出て、カブスの本拠地リグリー・フィールドの開幕戦でベンチ入りを果たした川崎宗則に、黒人男性が近づき、言葉をかけた。

「泊はホテル? それとも住むところを見つけた? なにかあったら言って欲しい」

 試合前のクラブハウスで、他の選手たちにも優しく声をかけていたその男性は、かつて巨人でプレーした経験を持つフィル・ブラッドリー氏(57)だった。今は大リーグ選手会の「専務理事特別補佐」の肩書を持ち、労使協定で決められた環境のチェックや選手たちの相談役を担っている。

 83年にマリナーズで大リーグデビュー。イチローに更新されるまでは同チームの新人最高打率と最多盗塁記録を保持。85年には球宴にも選出されマリナーズでは5年間中心選手として活躍した。その後はトレードで3球団を渡り歩いたが、オリオールズ時代の90年に怪我に見舞われる。ある日の試合でハーフスイングした際に左手首を痛め6月に手術。シーズン途中で移籍したホワイトソックスでも同じ部位を痛めたのが災いして、オフに得たFA権を行使できる移籍先は見つからなかった。その状況に巨人から誘われ迷わず入団した。

 打率2割8分2厘、21本塁打の成績を残したブラッドリー氏だったが、1年限りで退団してしまう。その理由を問うと、真っ先に返ってきたのが「今の自分ならもう少し日本でプレーしたと思う」だった。

 選手会の仕事を始めて17年になるが、これまでに大リーグの日本開催試合やWBCの予選視察等で大リーグ選手会に属する選手たちに同行し、日本に訪れること6回。その度に、「日本野球への理解度を深めている」。そのブラッドリー氏が言葉を継いだ。

「野球そのものに違いはほとんどなかったが、練習法や野球文化にはそれがあった」

 春季キャンプでの過酷な練習法や公式戦に引き分けがあるなど、馴染めない“違い”に言及。来日直後からプレー以外のことでいくつもの葛藤があったようだ。

 陽気で人気者だったウォーレン・クロマティが去った翌年の入団とあってか、生真面目な性格のブラッドリー氏にメディアは「根暗」の烙印を押した。そのイメージに拍車をかけてしまったのが、夏の札幌での出来事だった。

 7月11日、対広島戦の9回だった。走者二人を置いて打席が回り、当時球界を代表する守護神になっていた大野豊氏と対峙。その場面で起死回生のサヨナラ3ランを放ち札幌のファンの前で大団円を描いてみせた。開幕から連続セーブ記録を更新していた難攻不落の左腕を打ちのめした勝利に円山球場は歓喜に包まれ、多くのファンが称賛の拍手を贈ろうとヒーローインタビューの時を待った。しかし、当の本人はそそくさとバスに乗り込んでしまったのである。なぜだったのか――。

「あの日、打順が7番に下げられてね。自分に腹が立っていたから、とてもお立ち台に上る気になんてなれなかったんだ」

 25年前の真相を苦笑交じり告白したブラッドリー氏は、その年の開幕戦で中日のエース、小松辰雄氏から史上9人目となる初打席初本塁打も記録。印象深い豪快な一発を記憶に留めているファンも多いことだろう。

 日米合わせ9年の現役生活を92年のシーズン限りで終えたブラッドリー氏は、ミズーリ―州のカレッジでコーチを務め、99年に時のドン・フェア専務理事に誘われ選手会の仕事に就いた。以前はニューヨークの2チームを除いた28球団を回る過酷な業務だったが、近年はナショナル・リーグ中地区の5球団と、ナショナルズ、ブレーブス、マーリンズとレイズの9球団を担当。ラモーナ夫人と穏やかに暮らすフロリダ州サラソタにある自宅から週3日の出張に出かける日々を過ごしている。

現在は大リーグ選手会で働いているブラッドリー。選手たちの労働環境の確認や相談に乗ったりしている(写真=木崎英夫)


 あの日、ブラッドリー氏がカブスのクラブハウスを立ち回っていたのは、川崎がマイナーから緊急招集された4月7日から4日目のこと。マイナーの選手が大リーグに昇格の際、7日間は球団が快適なホテルの提供を行うという決まりがあり、それを確かめていたのだ。

「5月半ばに男の初孫が生まれる予定で、カレンダーを気にする毎日さ」

 日本球界を駆け足で通り抜けてから早や四半世紀。幸せな日々を送るフィル・ブラッドリー氏は今、大リーグで活躍する強者たちの心情に寄り添う第二の人生を歩んでいる。
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