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マーリンズ・イチロー 世界記録、そしてその先へ

 

現地時間6月15日、マーリンズのイチローがサンディエゴのパドレス戦で2安打を放った。この2本でピート・ローズ氏が持つMLB通算安打記録の4256を抜き、世界最多安打の偉業を成し遂げ、多くのチームメートやファンから祝福された。
文=笹田幸嗣、写真=Getty Images

現地時間6月15日のパドレス戦9回二死から、ライト線に二塁打を放ち、日米通算4257安打を放ち、世界で一番安打を放った男?となった


 4257。世界最多安打。イチローがついにピート・ローズが記録したメジャー最多となる4256安打を日米通算で超えた。

 現地時間6月15日、サンディエゴ。9回二死一塁から回ってきた5打席目。パドレスの守護神ロドニーが投じた83マイル(約143キロ)のチェンジアップを思い切り引っ張ると糸を引くようなライナーが右翼線に弾んだ。今季6本目の二塁打はメジャー2979安打、日米通算4257安打。英雄ピート・ローズを超えた瞬間、2006年の第1回WBCで世界一に輝いた思い出の地、ペトコ・パークのファンは総立ちで拍手。味方だけでなくパドレスの選手も祝福し、イチローはここでようやくヘルメットを取り、場内の全方向へ頭を下げた。

「記録のときはいつもそうですけど、ファンの方だったり、ああいう反応をしてもらえるとすごくうれしかったです」

 だがイチローに笑顔はなかった。

 ローズの記録に並んだ4256安打を放ったのは初回。先発右腕ペルドモの93マイル(約150キロ)のツーシームを強振するとボテボテのゴロが捕手前に転がった。快足を飛ばしイチローらしい内野安打。このときも場内のファンはスタンディングオベーションで称えたが、イチローは表情を変えることなく塁上に立ち尽くした。その理由は明快だった。

「ここにゴールを設定したことがないので、実はそんなに大きなことという感じはまったくしていない。ピート・ローズが喜んでくれれば(自分の気持ちも)全然違うんですよ。それは全然違う。でも、そうじゃないと聞いている。だから僕も興味がない」

「一番・右翼」で先発出場し、初回にイチローらしい内野安打でピート・ローズ氏の持つメジャー安打記録4256に、日米通算で並んだ


 日米通算の記録。これまでにも多く合算記録を打ち立ててきたイチローだからこそ、さまざまな議論があるのは百も承知している。その中で起きた敵地での2度のスタンディングオベーション。これは無視することができなかった。

「2本目は何もしないことが僕の矜持だというところも少しありました。それでも(ファンの方に)ああされると、という感じですね」

 記録更新。どんな記録でも新たに歴史が塗り替えられる際には、記録保持者であった前任者にもスポットライトは当たる。その結果、忘れかけていた偉大な記録とその存在に誰もが敬意を払うことになる。忘れかけていた歴史をひも解き、偉大なる功績を知らせてくれるのは先人の記録を破るアスリートの出現なくして起こらない。イチローは自身が09年に張本勲氏が持つ日本記録の3085安打を更新した際のことをジョークまじりに話し出した。

「ハリー(張本氏)なんかは(記録更新のときに)来てくれたじゃないですか、シアトルに。ハリーって、ハリーですけど(笑)。なんかかわいげがありますよね(笑)」

 ローズを超えた時点でアメリカ野球殿堂入りの目安とされるメジャー3000安打までは21本となった。好調な打撃を維持する今の安打ペースで計算すればオールスター前には達成可能だ。まずは目前の1安打に集中し、3000安打達成に全力を尽くすことになるが、イチローはすでにそのはるか遠く先にある大きな目標を見据えていた。

「僕は子どものころから人に笑われてきたことを常に達成してきているという自負はある。例えば小学生のころに毎日野球を練習して、近所の人から『あいつプロ野球選手にでもなるのか』っていつも笑われてた。悔しい思いもしましたけどプロ野球選手になった。日本で首位打者を獲ってアメリカに行くときも『首位打者になってみたい』。そんなときも笑われた。でも、それも2回達成した。常に人に笑われてきた悔しい歴史が僕の中にはあるので、これからもそれをクリアしていきたいという思いはもちろんあります」

 イチローが言う「それ」とは、自身のメジャー通算4256安打。50歳までの現役と真のローズ超え。イチローへの期待がまた高まった。

記録達成後インタビュー一問一答(抜粋)



――率直な感想を聞かせてください。

イチロー ここにゴールを設定したことがないので、実はそんなに大きなことという感じはまったくしていないんですけど。それでもチームメートだったり、ファンの方だったり、ああいう反応をしてもらえるとすごくうれしかったです。それがなかったら、何にも大したことないです。

――日本国中が喜んでいます。

イチロー それはうれしいですけど、難しいところですね。合わせた記録というところが。いつかアメリカでピート・ローズの記録を抜く選手が出てほしいし、それはジーターみたいな人格者であることが理想。日本だけでピート・ローズの記録を抜くことが、おそらく一番難しい記録だと思うので、これを誰かにやってほしい。とてつもなく難しいことですけど、見てみたい。日米合わせた記録とはいえ、生きている間に見られてちょっとうらやましいですね、ピート・ローズのことは。僕も見てみたいです。

――記録との付き合い方が変わりましたか。

イチロー 200(安打)とこれは全然比較できない。今回でいえば、ピート・ローズが喜んでくれてれば全然違うんですよ。でも、そうじゃないと聞いているので。だから僕も興味がないというか。ハリー(張本勲氏)なんかは(2009年に同氏の日本最多3085安打を上回る時に)来てくれたじゃないですか、シアトルに。なんか、かわいげがありますよね。

――バリー・ボンズ打撃コーチが、安打のたびにボールを回収する気遣いがあります。

イチロー ボンズの場合は、全部(球場の)外に行っちゃうから回収できないけど、僕の場合は内側だからね。しようと思えばできちゃう。ただ、そういう気持ちは、記録と向き合った人にしか分からないと思います。でも、ボンズはそれくらいしか仕事がないので(笑)。

――ローズ氏に異議を唱える気持ちはありますか。

イチロー そういう人がいたほうが面白いしね。大統領選の予備選を見ていたって面白いじゃないですか。共和党の方がいらっしゃるから盛り上がっているわけで、そういうところありますよ。それが人間の心理みたいなもの。それはいいんじゃないですか。じゃないと盛り上がらないというところもあるでしょ。

――メジャー記録としては、あと1000安打以上あります。

イチロー 小学生のころに毎日、野球を練習して近所の人から『あいつ、プロ野球選手にでもなるつもりか?』っていつも笑われていた。悔しい思いもしましたけど、でもプロ野球選手になった。日本で首位打者を獲って、今度、アメリカに行くときに『首位打者になってみたい』と。そんなときも、やっぱり笑われた。でもそれも2回達成した。常に人に笑われてきた悔しい歴史が僕の中にはあるので、これからもそれをクリアしていきたい思いは、もちろんあります。
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