週刊ベースボールONLINE

平成オリオンズ&マリーンズを語る

ミスターマリーンズ 初芝清インタビュー 「2005年のビールかけでは年甲斐もなくはしゃいでしまった。世界一のファンたちにリーグ優勝を届けてほしい」

 

平成の30年間はロッテにとって激動の時代だった。1992年に川崎球場へ別れを告げ、千葉へ移転しチーム名も改称。長い低迷期を経て、2005年に31年ぶりの日本一を成し遂げる。平成元年にプロ入りした初芝清氏がチームの歩みを振り返る。
取材・構成=杉浦多夢、写真=BBM

2005年の引退セレモニー。しかし、このあとも1カ月にわたりプレーを続け、最後は日本一の美酒に酔った


痛感した勝つことの難しさ


 1988年秋のドラフトでロッテに4位指名された初芝清は、時代が昭和から平成へと移った89年にプロの世界へ飛び込んだ。チームは長く厳しい低迷期の真っただ中。ロッテ一筋を貫いた17年間で、チームがAクラス入りを果たしたのはわずかに2度。だがその2度目は現役最終年、2005年に成し遂げたチーム31年ぶりとなる日本一だった。

 ちょうどロッテに入団した89年に平成の時代になりました。昭和最後のドラフトでプロの世界に飛び込んだわけです。

 入団2年目の90年に千葉マリンスタジアム(現・ZOZOマリンスタジアム)のこけら落としとなる巨人とのオープン戦がありました。まだ「この球場が将来のホームになる」と強く思っていたわけではなく、「もしかしたら」くらいのものでした。試合前から球場第1号ホームランを打てば賞金が出るということが分かっていたので、「誰が打つんだ」という空気のほうが強かったですね。そこで運よく、最初のホームランを打つことができました。

 91年に千葉移転が正式に決まり、チーム名も千葉ロッテマリーンズになりました。とにかく川崎球場ではお客さんが入らなかったので、千葉に行ったらお客さんが入ってくれるのかなという期待感がありましたし、千葉マリンのライトスタンドはいっぱいに埋まってくれたので、うれしかったですね。プロ野球選手としてお客さんに見てもらっている、ということを実感できました。

 ただ、チームとしては勝てない時期が続き・・・

この続きはプレミアムサービス
登録でご覧になれます。

まずは体験!登録後14日間無料
ドコモSPモード決済、auかんたん決済限定

プレミアムサービスに登録すると、週刊ベースボールONLINEのすべての特集・インタビュー・コラムが読み放題となります。

関連情報

HOT TOPICS

球界の気になる動きを週刊ベースボール編集部がピックアップ。

新着 野球コラム

アクセス数ランキング

注目数ランキング