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甲子園の魔物 魔物のお気に入り

【甲子園の魔物】県勢戦後初の8強とモロッコの金メダル/新潟南(1984年夏)

 

初回、いきなり先頭打者をエラーで出した。初出場というウブなチームにとっては、そのままずるずると乱れかねない場面。だが、第66回全国高校野球選手権の新潟南は、魔物の誘惑もなんのその、「エラーはいつものこと」と、普段着の野球を貫いた。そして、強豪2校を破り、ベスト8に進出するのである。
著=楊順行、写真=BBM ※記録は発刊時の2016年現在


 その鋭い金属音は、いまだに耳に残っている。キィ〜ン……インパクトの強烈さを残響音とし、いい角度で上がった打球は、そのままバックスクリーンに突き刺さった。

「林に、“お前のサヨナラホームランでもねえと、勝たんねぇの”と冗談をいった矢先です。場面は8回と1イニング早かったにしても、それがまさか本当になるとは……」

 というのは関川弘夫である。

 1984年夏、第66回全国高校野球選手権大会。関川監督率いる新潟南は、190センチの大型エース・林眞道を投打の軸に、快進撃を見せた。初戦、京都西(現京都外大西)との2回戦を突破すると、3回戦の相手は明徳義塾(高知)。新潟南は初回に2点を先行されるが、中盤に追いついた。

 8回だ。二死一塁で打席に入った林が、明徳・山本誠(元オリックス)の初球、甘く入ったシュートを強振すると、勝ち越しの2ラン。関川の“希望的予言”が1イニング早く的中し、新潟県勢としてはなんと58年ぶりのベスト8入りを果たすことになる。

 関川が母校・新潟南の監督に就任したのは、79年のことだった。野球部は46年の創部。ただ、県のベスト4や8には進んでも、なかなか甲子園には手が届かないでいた。関川の在学中にしても、準々決勝で小千谷に延長負けした2年の夏(64年)が最高成績だった。このとき小千谷を率いたのが、のち新発田農を率いて“シバノウ旋風”を起こす安田辰昭監督である。

 関川はやがて、「母校の監督として甲子園へ」という夢を果たすために、日大を卒業して教師となる。養護学校や農業高校を経て母校に赴任すると、「星一徹ばりに」ビシビシ鍛えた。関川によると、

「初年度は1年生が28人入ってきましたが、最後は7、8人しか残らなかった」

 というほどの過酷な練習の蓄積は、やがて実力に化学変化する。3年目の夏には、新潟で準決勝進出。念願の達成が、すぐそこに見えかけた。

 だがこのときは、0対3で惜敗。立ちはだかったのが、これも安田監督の新発田農で、シバノウはこの81年、甲子園までコマを進めると、広島商と東海大甲府(山梨)を下し、県勢としては初めての甲子園2勝を記録した。

 それでも、だ。シバノウに敗れたものの、「ベスト4というのはなかなかじゃないか。新潟南はそこそこ強いぞ」

 と、新潟市内の野球少年たちが、にわかにこの県立の進学校を視野に入れるようになる。林たちの世代が入学してくるのは、翌82年度のことだ。

 関川は、思わず力こぶをつくった。なにしろ、たまたま集まった県立高校の野球部員たちにしては、群を抜いて粒がそろっている。平均身長ひとつとっても、優に175センチを越える。こんな世代は、ちょっとない。となると自然に、練習にも熱が入る。林の述懐を聞こう。

「入部したその日から“目標は甲子園”“甲子園、甲子園といいながら走れ”と洗脳されました。それは練習はきつかったけど、純粋でしたからすぐその気になりましたね」

 新潟南の校舎は、信濃川のほとりにある。新潟の市街地に位置するため、グラウンドは右翼が60メートルと狭い。バックネットもなく、環境的には恵まれていない。

 だが、それならいっそ……と、限られた条件でできることを徹底した。たとえば、イヤになるほどのバント。10人連続で決めるまで、延々と続くのだ。ときには、ボールに石灰をまぶし、車のヘッドライトを頼りに10時近くまで終わらないこともあった。

 林が2年のときには、ある試合でリードしながら逆転負けを喫した。雨中の対戦。大型投手だけに林は、軟弱な足もとを苦手としていた。

「なぜ、雨の中で自分の投球ができないんだ?」

 と関川が問うと、林は、

「下半身が弱いからです」

 それは関川も感じていたことで、走り込みが足りないのは重々承知。その課題を、本人の口から言わせれば、してやったりだ。

「じゃあ明日から、学校まで走ってこい・・・

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