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訃報

あらゆる記録を塗り替えた史上最高の左腕 400勝投手・金田正一氏が死去

 

日本球界最多通算400勝を挙げた金田正一氏が、10月6日午前4時38分、急性胆管炎による敗血症のため、東京都内の病院で亡くなった。86歳だった。

巨人時代はヒジの故障にも苦しんだ


すべてが伝説に


「勝ったら喜ぶ。負けたら悔しがる。真面目くさって澄ましているのは、しょうに合わん」

 通算400勝298敗。誰よりも勝つ喜びを知り、誰よりも負ける悔しさも知る男の言葉だ。

 184センチの長身から投げ込む球は、基本的にはストレート、カーブ(ドロップ)だけ。幾多の名勝負を演じた巨人のバッター2人のうち、打撃の神様・川上哲治は「真っすぐは打てる気がしなかった。カーブしか打てなかった」と話し、長嶋茂雄は逆に「真っすぐだけなら何とかなるが、あの2階から落っこちてくるような大きなカーブですね。速球との時間差もあって、どうにも打てなかった」と話す。

 川上の引退イヤーと長嶋のルーキーイヤーは同じ1958年だ。そこには、金田正一の投球スタイルの変化もあったのかもしれない。

 愛知県出身の左腕。享栄商高を中退し、50年、国鉄(現ヤクルト)入団。8月デビューで8勝を挙げているが、当時、話題になったのが球の速さだ。相手チームから「マウンドが近過ぎるのではないか」といちゃもんをつけられたこともあったというからすごい。

 翌51年は22勝21敗。同年18歳35日時点でノーヒットノーランも達成。51年から20勝以上は14年続くが(すべて投球回は300イニング以上)、その間、すべて2ケタ敗戦で20敗以上も6回ある。仕方あるまい。当時の国鉄は万年Bクラスで、とにかく弱かった。金田は味方が怠慢なプレーをするとグラブをたたきつけ、先輩でも容赦なく・・・

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