昨季までソフトバンクの育成選手だった左腕は赤ストライプのユニフォームに2ケタの背番号を背負い、神宮のマウンドで150キロを超える直球を投げ込んでいる。もはやチームに欠かせない存在となった21歳は少年時代、神宮のライトスタンドに通い詰めていた。 取材・構成=依田真衣子 写真=榎本郁也、BBM 声援に背中を押されて
少年時代は、神宮球場のライトスタンドから、大好きな青木宣親に声援を送った。当時の夢は、プロ野球選手になって、ヤクルトに入団すること。プロ入りはソフトバンクの育成だったが、昨オフに育成契約の更新を断り、今季からあこがれだったヤクルトのユニフォームに支配下選手として袖を通すことになった。21歳の左腕は開幕から一軍入りし、中継ぎとして力を発揮している。 ――幼少期から、ヤクルトファンだったそうですね。
長谷川 はい。小学校の卒業文集にも、「プロ野球選手になって、ヤクルトに入団する」と。当時は青木さんにあこがれていました。
――では、移籍して初めて青木選手に会ったときは、感動したのではないですか。
長谷川 「うわっ、青木だ……」ってなりましたね(笑)。最初に何を話したのかはよく覚えていないんですけど。今はベンチで普通に、野球のことを話します。私生活のことは、あんまり話さないです(笑)。
――大好きだったヤクルトのユニフォームを着て、神宮のマウンドに立つというのはどんな気持ちですか。
長谷川 自分がファンだったときに送っていた拍手とかが、自分がいざ選手になってみると、やっぱりすごい力になっているんだなっていうのを感じました。神宮でお客さんが入っている試合というのは、ほかの球場の有観客試合の感じとは、ちょっと違いますね。
――ピンチの場面では、後押しになっているのではないでしょうか。
長谷川 そうですね。やっぱり自分が苦しんでいるときに、ストライクが1球入るだけでも拍手がもらえるので。そういった部分は本当に力になっています。
――ヤクルトに来て、一番心に残っている出来事は何でしょう。
長谷川 やっぱり・・・
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