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衝撃の「監督交代史」 ああ無情……オリックスの監督途中交代劇

 

試合の全権を握る監督の“辞め方”にはいろいろある。自らの意思で辞任、あるいは完全なるクビ……。シビアに結果が出る分、円満辞任は数えるほどしかない。今年もまた、オリックス西村徳文監督が、シーズン途中でユニフォームを脱ぐことになった。今回は、「監督交代」をテーマに球史を振り返ってみよう。

オリックスの中嶋聡監督代行。交代後、チームは上昇気流に乗ったかにも見えるが、さて


地域リーグ誕生のきっかけにも?


2001年に仰木彬監督が退任後、チームが長く低迷。だから、というべきか、監督の途中交代が異様に多い球団となっている。

 弱いからコロコロ代わるのか、コロコロ代わるから弱いのか──。

 1989年、「阪急ブレーブス」から「オリックス・ブレーブス」となってスタート。監督は上田利治から始まり、土井正三、仰木彬へ。ニックネームは91年からブルーウェーブとなり、イチローを擁した95、96年とリーグ連覇(96年は日本一)。94年就任の仰木監督は2001年までの長期政権となり、特別、監督交代が目立つ球団ではなかった。

 しかし、02年に就任した石毛宏典監督が翌03年4月23日に電撃解任。ここからあわただしくなる。後任はレオン・リー打撃コーチ。解任を3日前に告げられたという石毛監督は、3年契約ながら1年目に39年ぶりの最下位。巻き返しを図ったこの年も開幕ダッシュに失敗した。なお、石毛氏は3年契約ということで、残りの1年あまり分の給料を「どうせあぶく銭」と、四国アイランドリーグのスタート資金としている。

 レオン監督もチームを立て直すことはできず、そのまま最下位で・・・

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