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あの時代の記憶 恩師が贈る言葉

岩井隆(花咲徳栄高監督)が贈る 若月健矢(花咲徳栄高→オリックス)へのメッセージ「勤勉実直な性格がすべて。だから、攻守とも急成長できたのだと思います」

 

ここまでの野球人生を振り返り、恩師と言えるべき存在は──。オリックスの正捕手へと成長しつつある若月健矢にそう問うと「もちろん」と名を挙げたのが花咲徳栄高の岩井隆監督だった。朝から晩まで続いたマンツーマン指導。1人の球児がプロ注目となるまでに成長した日々は、恩師の記憶にも色濃く残っている。
取材・構成=鶴田成秀 写真=BBM


 良いキャッチャーがいる。それも(花咲徳栄高のある埼玉県加須市の)近所の加須シニアに。そう聞いて、見に行ったのは彼が中学3年生のときでしたから、2010年のことになります。確かに肩が強く目立っていましたが、何よりフットワークが良かった。この俊敏さを見て、この子はまだまだ伸びると思ったものです。ボールを受け、盗塁を刺すだけがキャッチャーの仕事ではありません。バント処理もあれば、フライを追うこともあるし、送球だって下半身を使わずには、良いボールは投げられませんから。

 そして入学したのが翌11年でしたが、決して最初から能力が群を抜いていたわけではなかったんです。何より課題は打撃面。新入生の練習を見ていた中で彼にも目をやると、ボールがバットに当たらない……。力はあるから引っ張ることはできても、カーブにはまったく反応できないのです。これは困ったなと思い、目線のブレをなくすため、ノーステップで打たせてみたり、いろいろとアドバイスをしたものです。

 選手の長所を伸ばすという方もいると思いますが、私の指導方針は、まずは短所をなくすこと。だから、徹底的に打撃練習をやりました。真っすぐは打てるので、カーブのマシンを相手に打ち込ませたのです。狙いは明確。引きつけて右中間に打ち返すこと。もう、この意識付けの繰り返しです。マンツーマンでの指導をし、朝6時から始めることもあれば、夜遅くまで練習したこともありました。それでも、彼は泣き言一つ言わずに、黙々とバットを振っていましたね。実家が自転車で5分と近かったのも良かったと思います。寮生ではありませんでしたが、人よりも多く練習に打ち込める環境があったのは大きかったですね。

 彼の努力で打力はグングン上がっていき、1年生から練習試合のベンチに入り、秋には正捕手となりました。ただ、次なる問題が生じたのです。それが・・・

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