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平野謙の「人生山あり谷あり、感謝あり」

平野謙コラム 第42回 懐かしいような懐かしくないような古巣ドラゴンズ

 

右で一塁コーチをしているのが平野氏[隣は井端弘和。13年]


いきなりの就任要請


 電話がかかってきたのは、2011年秋、まだ韓国にいたときです。

 前回、お話ししたとおり、11年は韓国の起亜タイガースで打撃コーチをしていましたが、チームの不振で監督が代わり、僕も1年でクビになってしまいました。選手たちも僕の指導を受け入れてくれ、手応えをつかみかけていただけに消化不良の気持ちがあったのも確かです。

 確か、光州のチームが借りてくれたマンションで、帰国のための荷造りをしていたときだと思います。知らない番号からかかってきて、出たらドラゴンズのフロントの人だったんですよ。それで、いきなり「来年からドラゴンズの外野守備走塁コーチをしてもらえませんか」って。「ええっ!」ですよね(笑)。

 はっきり言えば、1年間、まったくと言っていいほど日本球界の情報がなかったので、翌年から高木守道さんがドラゴンズの監督に復帰すると聞いて、また、びっくりしました。守道さんはずいぶん現場を離れているし、もう70歳くらいだったでしょ。「これからプロ野球の監督をするのか。あの歳で大変だろうな」と思いました。

 本人は何も言いませんでしたが、僕をコーチに推薦してくれたのは守道さんだったようです。確かに、現役時代はかわいがってもらいましたけど、西武に移籍して以後はお会いしたらあいさつをする程度だったんで、これもちょっとびっくりです。言い方は悪いのですが、監督になったら、たいてい自分が信頼している子飼いの人間をコーチに呼ぶものですけど、守道さんからは、ほのめかされたこともなかったですしね。

 話自体はありがたかったんで・・・

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