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長谷川晶一 密着ドキュメント

第三回 「下を向くな、前を見ろ!」石川雅規が石山泰稚へ贈る言葉/41歳左腕の2021年【月イチ連載】

 

今年でプロ20年目を迎えたヤクルト石川雅規。41歳となったが、常に進化を追い求める姿勢は変わらない。昨年まで積み上げた白星は173。200勝も大きなモチベーションだ。歩みを止めない“小さな大エース”の2021年。ヤクルトを愛するノンフィクションライターの長谷川晶一氏が背番号19に密着する。

「野球はチームでやるものだから……」


4月16日の阪神戦(甲子園)で初先発後、“投げ抹消”となり、現在は二軍調整中の石川


「昨日は、本当に悔しくて……。だって、ツーアウトからじゃないですか……」

 切り出したのは石川雅規だった。彼が話題にしているのは、5月21日、神宮球場で行われた対横浜DeNAベイスターズ第10回戦のことだった。3対3で迎えた9回表、ヤクルトのリリーフエース・石山泰稚がツーアウトから2点を失い、敗戦投手になった場面だ。

「自宅にいるときには、いつもヤクルト戦中継を見ています。中継を見ていて、“あの舞台に行きたいな”とか、“こんなはずじゃないのに……”とか、“もっとやりようがあるんじゃないか……”とか、いろいろ考えすぎてしまうこともあるけど、それでもやっぱり、自分も一緒に戦っている気持ちは持ち続けたいから」

 4月16日、甲子園球場の対阪神タイガース戦に登板して「投げ抹消」となって以来、一軍マウンドからは遠ざかっている。ファームでは5月1日の対埼玉西武ライオンズ戦、8日、そして16日の対横浜DeNAベイスターズ戦に登板。順調な仕上がりを見せている。それでも、なかなか一軍から声がかからない。

「それが、現在の僕が置かれている立場だということはよくわかっています。一軍で投げたくて仕方ないけど、なかなか思うようにはいかない。パドックを出たお馬さんが、すでにゲートインしてるのに、なかなかゲートが開かない。そんな状況です(笑)」

 石川が小さく笑う。しかし、いつものようにその言葉には力がみなぎっている。5月の登板では、味方エラーからの失点が相次いだ。つい、「あのエラーさえなければ……」と石川に言うと、彼の口調が力強くなった。

「だからこそ、抑えなきゃいけなかったんです。野球にエラーはつきものだし、誰だって好きでエラーしているわけじゃないんだし。だからああいう場面は、ピッチャーがカバーしなくちゃいけないんです。野球はチームでやっているものなんだから」

 石川の取材を続けていて、彼はしばしば「野球はチームでやるもの」と発言することに気がついていた。彼の胸の内には「野球は一人ではできない」という思いが根づいている。このときもまた、石川はこのフレーズを口にして、5月の登板を振り返った。

先行きの見えない状況下にあっても……


 石川のファーム生活も長くなった。ファームの全体練習は午前9時半に始まる。しかし、「石川の朝」はそれよりもずっと早い。

「毎日5時半には起きて、6時半過ぎには戸田に着いています。戸田に着いてすぐにお風呂に入って身体を温めて、7時から自転車をこいで、7時半頃からストレッチなどのルーティンをやって、8時半にはトレーナーさんに治療していただく。そして、9時にはグラウンドに出て、またストレッチをしています」

 9時半以降の全体練習においても、石川は若手選手とほぼ同様の練習を行っている。ウォーミングアップから始まり、キャッチボール、守備練習、投内連係、そしてブルペンに入ってのピッチング練習……。プロ20年目、41歳を迎えた今、コンディション面に不安はない。体調管理、コンディション維持は順調に進んでいる。

 しかし、唯一の「課題」を挙げるとすれば、これまで経験したことのない「メンタル面の維持」だった。石川の言葉を聞こう。

「やっぱり、気持ちの持っていき方というのは本当に難しいですね。今まではいつも、次に投げる日が決まっていました。でも今は、いつ一軍に呼ばれるのか? いつ、あの舞台で投げるチャンスをもらえるのか? 先が見えない状況で心身をいい状態に保つ努力をしています。今までは当たり前だったけど、一軍のあの舞台で投げることは本当にすばらしいことなんだ、幸せなことなんだって、つくづく感じます」

 新型コロナウイルス禍により、二軍戦も中止に追い込まれるケースが続出している。思うような調整ができず、不確定要素ばかりの中で、石川は今、これまでに直面したことのない戦いに挑んでいる。

「次の登板日が決まっていない中で、雨で中止になったり、試合自体が行われなかったり、気持ちの維持は本当難しいけど、絶対に上に上がってやるんだ、絶対に活躍してやるんだ、そんな思いは、ますます強くなっています」

 相変わらず、石川の言葉は力強い。

「打たれたとしても、絶対に下を向くな。前を向け!」


 冒頭に掲げたように、石川は自宅で毎晩、一軍試合中継を丹念にチェックしている。そして今、投手陣最年長として石山泰稚のことを気にかけている。リリーフ失敗が続いた後輩のことを。

「このところ、立て続けにリリーフに失敗しましたよね。実は、石山に連絡しようかどうか悩んだんです。でも、連絡を取るのはやめました。頑張っている人に“頑張れ”と言うことはできないし、目の前の壁を越えていくのは自分でしかないからです。でも、石山なら絶対に越えられると思う。何とか踏ん張ってそこを越えたら、絶対に見える景色が変わってくると思うんです。石山には、ぜひその景色を自分の目で見てほしい。今、石山に対してはそんなことを考えています」

 そして、石川は続ける。

「もし、石山に声をかけるとしたら、“打たれたとしても、絶対に下を向くな。前を向け!”っていうことですね。どうしても下を向きたくなるけど、やっぱり、下を向いたらダメなんですよ。やっぱり、堂々と胸を張って前を向かなきゃダメなんですよ」

 一昨年、なかなか結果が出なかった小川泰弘に対しても、石川は同様のことを伝えたという。今回の石山や小川について、石川は後輩たちの力になりたいと常に考えている。その背景にあるのは、かつてヤクルトのチームリーダーとして活躍した宮本慎也氏の言葉だ。

「宮本さんが現役だった頃に言われました。“マサ、なかなか難しいかもしれないけど、お前も気づいたことがあったら、後輩たちにどんどん言わなきゃダメだぞ”って。そして、“言葉にすることによって、自分自身もやらなくちゃいけなくなる。そこは逃げずに言った方がいいぞ”って。今になって、その言葉をよく思い出しますね」

 噛みしめるように言った後、石川の口調が明るくなる。

「今、石山に、“下を向くな、前を見ろ!”って伝えたいですね。自分で話しながら、“あっ、オレも明日からもっと胸を張って頑張らなくちゃ”って気になりました(笑)。もう、やるしかないですからね」

 ファームでの石川の現状は、一軍首脳陣の耳にも随時届いている。交流戦が始まった。チームは今も奮闘を続けている。20年目のベテラン左腕が必要になるときも、近々やってくるだろう。来るべき「その日」を、石川は静かに、そして熱く見据えている――。

(第四回に続く)

取材・文=長谷川晶一 写真=BBM
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