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長谷川晶一 密着ドキュメント

第五回 「頭は全試合出場している」石川雅規にとって嶋基宏は自分を奮い立たせる存在/41歳左腕の2021年【月イチ連載】

 

今年でプロ20年目を迎えたヤクルト石川雅規。41歳となったが、常に進化を追い求める姿勢は変わらない。昨年まで積み上げた白星は173。200勝も大きなモチベーションだ。歩みを止めない“小さな大エース”の2021年。ヤクルトを愛するノンフィクションライターの長谷川晶一氏が背番号19に密着する。

プロ20年目、誰にでも教えを乞う大ベテラン


6月18日の中日戦(神宮


「ちなみに、どこを意識して投げてるの?」

 尋ねているのはプロ20年目の41歳。尋ねられているのはプロ2年目の20歳だった。問いかけはなおも続く。

「もしかして、こんな感じで投げてるの?」

 尋ねられた若者は、「あっ、そうです。そんな感じで投げてます」と答える。すると白髪が目立ち始めた大ベテランは「なるほど。やっぱり、ここを意識しているんだね」とうなずきながら、改めて自らの左腕を何度も振った。石川雅規と奥川恭伸のキャッチボールでの一コマである。

 石川が「質問魔」だというのは有名な話だ。ヤクルト投手陣に話を聞くと、「石川さんは僕らのような若手にも、積極的に質問をしてきます。大ベテランになっても変わらない向上心は本当に立派だと思います」という答えが返ってくる。たとえば、今季前半戦をファームでともに過ごした寺島成輝は言う。

「まだまだ野球がうまくなるには、もっとよくするには、どうしたらいいかっていうところをすごく考えながらやってるんだろうなっていうのが見えるんです。年齢とか関係なく、向上心をずっと持っていると思いますね」

 当の石川は言う。

「投げるときの感覚って人それぞれなんですよ。それに、その感覚を言葉にするときに、どんな言葉を選ぶのか、どんな説明をするのかも人それぞれ。他のピッチャーの感覚を取り入れたら、もっと上手くなるんじゃないか。そんな思いはずっとありますね」

 そして、石川は「神宮から渋谷駅へのルート」を例に続けた。

「たとえば、神宮から渋谷駅に行こうとするじゃないですか。目的地、終着地は一緒だけど、人によってルートは違う。通り道はみんな違うんですよ」

 すべての投手は「打者を抑えるために」という思いで、懸命に腕を振り続ける。しかし、その投げ方、考え方は人それぞれだ。プロ生活20年間のキャリアを誇る石川は、今もなお「新たなルート」を模索し続けている。

嶋基宏がヤクルトにもたらしたもの


同じベテランである嶋とは心が通じる部分がある


 6月4日の対埼玉西武ライオンズ戦から3連勝で、通算176勝となったものの、その後は足踏みが続いた。25日の対読売ジャイアンツ戦では大城卓三に2ラン、岡本和真に3ランホームランを浴びて、5回途中5失点でマウンドを降りた。

「2位巨人との大事な3連戦の初戦を任されて、“一発だけは気をつけよう”と思っていたのに、2本のホームランを浴びてしまいました。ちょっと点の取られ方が悪かったですね。調子は悪くなかっただけに、本当に悔しかったです……」

 続く登板は7月4日、バンテリンドームで行われた対中日ドラゴンズ戦だった。神宮球場と比べてホームランの出にくい広い球場の利点を生かしつつ、2点のリードを守ったまま、5回無失点で石川はマウンドを降りた。後続が打たれ、試合は引き分けに終わったものの、その内容は決して悪くなかった。

「この日は、“絶対に同じ失敗をしない”という思いでした。以前も言ったように、今の僕は常に《チャンス&ピンチ》の思いでマウンドに上がっています。2度続けて失敗したら、今度は若手にチャンスが行く。この日は調子はよくなかったんです。完全なヘロヘロボールでした。だから、ここで変に頑張っちゃうと、たぶんバッターには打ちやすくなると思ったので“もっと、ヘロヘロなボールを投げてやれ”と思ったのがよかったのかもしれませんね(笑)」

 この日、バッテリーを組んだのはベテランの嶋基宏だった。41歳の石川と36歳の嶋。翌日のスポーツ紙には「77歳喜寿バッテリー」の文字が躍った。石川は「嶋が上手なリードをしてくれた」と振り返った。

「あの日は調子がよくなかったので、最初はストライクを取るのに必死だったんです。胸が開くのが早いから、バッターに簡単に見切られていました。すると嶋が“石川さん、開いてますよ、もっと我慢して”ってアドバイスをくれました。リード面でも、ヘロヘロボールだったのに、ここぞという場面で上手にストレートを使ってくれました」

 以前、石川は今年の中村悠平を称して、「すごくどっしりとしてきた」と語った。中村の成長には嶋の存在が大きいという。

石川の視線はすでに後半戦に――


「中村がどっしりとしてきたのは嶋の影響だと思いますね。普段から嶋に相談をしている姿をよく見るし、嶋も惜しみなく助言を与えていますから。嶋は物事を冷静に判断する目を持っています。中村も僕のストレートを有効に使ってくれるようになったのは、嶋の影響をすごく受けていますね」

 出場機会を求めて昨シーズンからヤクルト入りした。しかし、中村悠平、古賀優大の陰に隠れる形で、昨シーズンも、今シーズンも、なかなか出場機会に恵まれていないのが現状だ。石川が嶋の心情を推察する。

「なかなか出番もないし、すごく悩んでいると思います。嶋ともいろいろな話をしました。選手というのはチーム内での自分の立ち位置に敏感なんです。それは僕もまったく同じです。こんな話は若い選手にはできない。青木(宣親)、坂口(智隆)、雄平、そして嶋にそんな思いを話しながら、自分を奮い立たせているんです」

 なかなか出場機会に恵まれない嶋に対して、石川はこんなエールを送った。

「僕から見れば、嶋は毎試合出場しています。ベンチの中にいて、彼の頭脳はフル回転しながらリードを考えています。ベンチの中でいつも、“ここはこうかなぁ?”って独り言を言っています。仲間に声援を送っています。身体はベンチの中にいるかもしれないけど、頭は全試合出場しているんです。僕も嶋もプロ野球選手を何歳まで続けられるか分かりませんが、その中できちんとモチベーションを保つにはどうすればいいのか? そんなことを嶋とはよく話します。僕にとっても、彼の存在はすごく大きいんです」

 貯金10、3位でチームは前半戦を終えた。2位巨人とはゲーム差0.5。首位阪神とも、ゲーム差はわずか2.5しかない。改めて、石川が前半戦を総括する。

「開幕二軍スタートという悔しい思いで2カ月間を過ごして、いろいろ試行錯誤した結果が6月の3勝につながりました。もちろん、満足はしていないし、“もっとやりようはあったんじゃないか? もっと勝てたんじゃないか?”という思いはあります。それでも、チームの勝利に3つの貢献をできたことを自信にして後半戦に繋げたいですね」

 プロ20年目のシーズンも、早くも折り返し地点を過ぎた。大ベテラン石川雅規の視線はすでに後半戦に向けられている――。

(第六回に続く)

取材・文=長谷川晶一 写真=BBM
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