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長谷川晶一 密着ドキュメント

第六回 「2015年の雰囲気に似ている」石川雅規は6年ぶりのVへドキドキを楽しむ/41歳左腕の2021年【月イチ連載】

 

今年でプロ20年目を迎えたヤクルト石川雅規。41歳となったが、常に進化を追い求める姿勢は変わらない。昨年まで積み上げた白星は173。200勝も大きなモチベーションだ。歩みを止めない“小さな大エース”の2021年。ヤクルトを愛するノンフィクションライターの長谷川晶一氏が背番号19に密着する。

「僕は自分で自分に期待する」


2015年のリーグ優勝時。真中監督(左)、石川を先頭に優勝ペナントを手にしたナインが場内を一周


「あの頃に雰囲気が似ているな……」

 石川雅規が口にした「あの頃」とは、今から6年前、2015(平成27)年シーズンのことだった。真中満監督就任1年目となるこの年、混戦状態から抜け出した東京ヤクルトスワローズは、14年ぶりのセ・リーグ制覇を果たした。その15年と今シーズンは「雰囲気が似ている」と石川は感じているという。

「首位阪神と2.5ゲーム差で後半戦がスタートしました。上位とのゲーム差が近いと、選手としてはワクワク感が強いんです。チームの雰囲気はめちゃくちゃいいし、自分の状態も悪くないし、“あっ、この感じだな……”って思うんです。2015年の優勝したときの雰囲気と似ているんです。あのときも、毎試合順位が入れ替わる状態でした。それと何か雰囲気が似ているんですよね……」

 さらに石川は続ける。

「もちろん、負ければあっという間に下に行く可能性もあるけど、その逆に勝てば上に行く可能性ももちろんあるわけで。そういう意味では、これからの試合はドキドキする試合が続きますよね」

 石川の言葉を受けて、6年前の9月の記憶が鮮明によみがえる。9月1日時点で首位阪神、2位ヤクルト、3位巨人の差はわずかに1ゲーム。どこが優勝してもおかしくない混沌状況にあったが、9月のヤクルトは20試合を戦って13勝6敗1分と大きく勝ち越した。特に石川は5勝をマークする無双状態にあった。

「あのときはずっとワクワク状態でマウンドに上がっていました。自分が活躍すればチームが上位にいく。あの年は9月に5勝して、《優勝》のピースになることができました。今年もいいピッチングを見せて、“やっぱ、石川まだやれんじゃん”ってところを見せたいですね」

 何気ないひと言だった。しかし、その背後には「世間はまだ今の自分のことを評価していないのだ」という石川の意識が垣間見えるものだった。

――世間の見方は、「自分に対して冷ややかなものだ」という意識があるのですか?

 そんな質問を投げかけると、石川は静かに続けた。

「まぁ、たぶんそう思われていると思います。やっぱり、結果がすべての世界ですから。でも、山本昌さんは42歳で迎えたシーズン(2008年)に11勝しているんで、そういう先輩方にはすごく勇気づけられます。だから、いろいろなものを覆したいし、僕は自分で自分に期待したいですね」

後半戦初登板は松山での巨人戦に


8月18日の巨人戦で後半戦初先発し、6回1失点の好投を見せた


 後半戦最初の登板は8月18日、松山・坊っちゃんスタジアムで行われた対読売ジャイアンツ戦となった。

「先発を告げられたのは、10日のロッテとのエキシビションマッチの試合中でした。4回を無失点に抑えてベンチに戻ったときに、(高津臣吾)監督から、“次は巨人戦だから、よろしく頼むぞ、頑張ってくれ”って言われました」

 6月25日、神宮球場で行われた巨人戦では4回2/3を投げて5失点でノックアウトされた。大城卓三に2ラン、岡本和真に3ラン。いずれもホームランによる失点だった。

「このときの試合に限らず、今年の失点はほぼホームランなんで、“ランナーをためた一発には気をつけよう”“無駄なフォアボールに注意”“ランナーをためてロング(長打)警戒”、そんなことを意識して試合に臨みました。ただ、松山は球場が広いので、その点では思い切って投げることはできましたね」

 本拠地である神宮球場は、投手泣かせの球場で「ヒッターズパーク」であることは有名だ。広い球場であればホームランは出にくい。投手心理にも好影響を及ぼすのは当然のことだ。

「神宮球場がいちばん投げやすい球場なのは確かなんです。もちろん、味方打線の援護もあるから、恩恵も受けているんです。でも、広い球場の方が、間違いなく心の余裕、心の安心感はありますよ。自分でも、“よく長いこと神宮で投げてるよな、オレ”って思うことがありますよ(笑)」

ケラケラ」と楽しそうに石川は笑った。

今でも思い出す2015年の感動と興奮


「試合前のブルペンでは、すごくいい状態でした。ブルペンで、“今日はすごくいいな”と思っても、裏切られることもあるんですけど、あの日は裏切られることなく、試合中もいい状態が続いていました」

 オールスター、オリンピックによる、約1カ月の中断期間、石川は「トレーニングとケアがうまくできた」と言い、改めて投球フォームをチェックして、「キャッチボールで身体に染みつけることができた」と口にした。万全の状態でこの日の試合に臨んでいたのだ。

「5回にノーアウト1、3塁のピンチを迎えたけど、あの場面では本当に狙い通りのゲッツーも取れました。1点は失ったけど、最高の結果だったと思います。6回も上位打線を三者凡退に抑えて、自分の仕事は果たせたのかなとは思いますね」

 6回表を抑えて、ベンチに戻った。7回も投げるのか、それともここで交代なのか? 首脳陣の判断は後者だった。「野球はチームプレイだから」が口癖の石川だから、首脳陣の判断に対して不満はない。しかし、「もっと投げたい」というのが偽らざる本音だった。

「やっぱり、もっともっと投げたいですよ。最初から“5回でいいや”とか、“6回投げたから満足だ”っていうピッチャーはいないですから。悔しいのは、首脳陣に対してではなくて、もっと投げさせてもらえるようなピッチングができなかった自分に対してです。やっぱり、“ま、いいか、しょうがないや”と考えるようじゃダメだと思うんで……」

 6回を投げて被安打は3。1本も長打は許さず、1失点でマウンドを降りた。得点は2対1。このまま逃げ切れば、石川に白星が舞い込んでくる。しかし――。二番手の石山泰稚が2点を失い、チームはそのまま敗れ去った。7月4日の対中日ドラゴンズ戦(バンテリン)では清水昇が打たれて石川の白星は宙に消えた。「おそらく、前回と同様のことを口にするだろう」と思いつつ、松山での試合を振り返ってもらった。

「やっぱり人間なんで、“勝ちたかった”という思いは強いですよ。ベンチ裏で、石山に“すみませんでした”と言われましたけど、“次もまた頼むぞ。頑張れ!”って声をかけました。勝ちたかったのは事実だけど、一番悔しいのは石山だし、また試合はくるわけだから、引きずってるわけにはいかないし……」

 予想通りの答えだった。「次は」ではなく、「次も」というのは、いかにも石川らしい気遣いだった。冒頭で述べたように、チームは現在、優勝を狙える好位置につけている。8月が終わり、勝負の9月、10月がやってくる。石川の口調が力強くなる。

「2015年、あのときの感動と興奮、今でも思い出します。球場でビールかけをしたとき、みんなから、“あんなに嬉しそうな顔は見たことがない”と言われました。今は、あのときの雰囲気にそっくりなんです。この状況をピンチととらえるんじゃなく、ワクワク、ドキドキのチャンスととらえてやっていきたいですね。そして、“石川、まだいけるじゃん”って、みんなに思わせたいです」

 勝負の秋がやってくる。9月11日には、オリパラによって使うことができなかった神宮球場にヤクルトナインが戻ってくる。プロ20年目の大ベテランは、プロ入り二度目の歓喜の瞬間に備えて、秘かに闘志を燃やしている。静かに牙を研いでいる――。

(第七回に続く)

取材・文=長谷川晶一 写真=BBM
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