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長谷川晶一 密着ドキュメント

第九回 目標の200勝へ石川雅規が日本シリーズで得た自信「幸せ者だと思います」/41歳左腕の2021年【月イチ連載】

 

今年でプロ20年目を迎えたヤクルト石川雅規。41歳となったが、常に進化を追い求める姿勢は変わらない。昨年まで積み上げた白星は173。200勝も大きなモチベーションだ。歩みを止めない“小さな大エース”の2021年。ヤクルトを愛するノンフィクションライターの長谷川晶一氏が背番号19に密着する。

悲願の「日本シリーズ初勝利」に向けて


久しぶりに日本シリーズのマウンドに上がった石川


(あぁ、この痛みなんだな……)

 2021(令和3)年11月25日の朝、石川雅規は全身に渡る鈍い筋肉痛とともに目覚めたという。前日の激闘が改めて脳裏をよぎる。日本シリーズ第4戦の先発を任され、見事にチームに白星をもたらし、自身初となる「日本シリーズ初勝利」を手に入れた。これでチームは3勝1敗と悲願の日本一に王手をかけた。先発投手として大満足の朝だった。

「投げているときは興奮しているので、何も感じないんです。でも、翌朝目覚めてみたら、身体中がバッキバキでした。やっぱり、普段とは違う緊張感の中で、知らないところで力が入っていたんですね。(第3戦に先発した)小川(泰弘)も言っていました、“次の日、身体がヤバいです”って(笑)」

 先発を告げられたのはクライマックスシリーズ(CS)ファイナルステージの勝利後、日本シリーズに向けてシート打撃に登板した日のことだった。CSでは出番がなかった。久しぶりの神宮のマウンドでは、村上宗隆に特大の一発を食らっていた。

「日本シリーズの先発は、神宮でシート打撃で投げたあとに言われました。この日は調子はよくなかったです。村上にホームランを打たれて、“ヤバいな、ムネ! 同じチームでよかったな(笑)”って感じていたときに、シリーズ4戦目を投げることが告げられました。3連勝で迎えるならば日本一のかかった大切な試合。3連敗ならばチームを救う大切な試合。いずれにしても、“めちゃくちゃおいしいな”って感じました」

 大舞台の大事な試合を託されて、緊張のあまり震え上がるようでは、プロで20年も生き抜いていくことはできない。石川は「めちゃくちゃおいしいな」と武者震いしていた。そして、同時にこんな思いも抱いていた。

(ようやく、あのときの借りを返すときが来たな……)

 今から6年前の2015(平成27)年、プロ14年目にして初めて日本シリーズに出場した。このとき石川はヤフオクドーム(現・福岡PayPayドーム)で行われた第1戦、そして神宮球場での第5戦に先発し、いずれも敗戦投手になっている。特に第5戦では工藤公康監督の胴上げを目の当たりにするという屈辱を味わった。

 以来、石川はたびたび「日本シリーズには借りがある」と口にするようになっていた。6年のときを経て、ついに「借り」を返すときがやってきたのだ。

初めてグローブを買ってもらったあの日の喜びを


日本シリーズ第4戦で先発し、6回1失点の好投で勝利投手に


 京セラドーム大阪で幕を開けた今年の日本シリーズ。ヤクルトの初戦はプロ2年目の奥川恭伸に託された。チームは敗れたものの、日本を代表する大エース・山本由伸を相手に堂々たるピッチングを披露した奥川は実に立派だった。第2戦は高橋奎二がプロ初完投、初完封を記録し、オリックス・バファローズに傾きかけた流れを自軍に引き戻すことに成功した。戦いの場を東京ドームに移した第3戦は小川が粘り強いピッチングを続けて、何とか白星を勝ち取り、対戦成績を2勝1敗として迎えた第4戦、ついに石川の出番がやってきた。

「奥川と高橋奎二、若い2人が本当にいい流れを作ってくれたので、ますます“よし、やってやろう”という気持ちになりました。シリーズが始まる前に、彼らには、“僕らは挑戦者なんだ。2年連続最下位で失うものは何もないんだから、思い切っていこうよ”って伝えました。その2人がものすごいピッチングを見せてくれた。僕としても、偉そうなことを言った手前、自分も頑張らなければいけない。そんな思いでマウンドに上がりました」

 11月24日、18時5分、ついに試合が始まった。このとき、石川の目にはどんな光景が映っていたのか? どんなことを考えていたのか?

「2015年、ヤフオクドームのマウンドに上がったときに僕は泣きそうになっていました。プロ14年目にしてようやくたどりついた日本シリーズの舞台。そして、6年が経った今回は泣きそうな感情ではなく、“またこの舞台に帰ってきたんだ”という嬉しい気持ちでいっぱいでした。小さい頃、親父に初めてグローブを買ってもらったときのような気持ちに近かったのかなと思います。41歳になっても、あのときと同じような感情になれる。嬉しいと思えるんですね。野球を職業にできて本当に幸せ者だと感じていました……」

 この日は「調子」などどうでもよかった。初回から飛ばしに飛ばして、ヤクルト自慢の中継ぎ陣にいい形でバトンを託せばいい。後輩たちが築き上げたいい流れを壊すことなく、しっかりと自分のピッチングをすればいい。そんな思いでマウンドに上がっていた。

 およそ1カ月前となる10月23日、同じく東京ドームの対読売ジャイアンツ戦に登板した石川は、自己最短となる1/3イニングでノックアウトされていた。あのときの悪夢が頭をよぎりもした。

「僕もできた人間ではないので不安の方が大きい部分は、正直あります。オープン戦ではオリックスの若手選手にボコボコに打たれました。だから、立ち上がりに関してはすごい不安がありました……」

 普段のペナントレースとはまた違った独特の緊張感の中、石川雅規は東京ドームのマウンドに上がっていた。だからこそ、翌朝目覚めたときに「身体中がバッキバキ」となるのだった。

このメンバーで野球ができたことの幸せを噛みしめる


祝勝会の鏡開きの前に[左から山田、青木、石川、村上]


 結論から言えば、この日の石川は文句のつけようのない見事なピッチングを見せた。6回を投げて77球。被安打はわずかに3本で、ライトを守るサンタナのエラーで1点は失ったものの、自責点は0。石川の降板後もリリーフ陣が相手に失点を許さず、チームは2対1で勝利し、石川は勝利投手となった。この試合において、石川には忘れられない一球――本人の言葉を借りれば、「今年一番のボール」――があるという。

 それは、同点に追いつかれた直後となる6回表二死一塁のことだった。勢いづくオリックスファンの歓声の中で打席に入ったのは青山学院大学の後輩であり、試合前から徹底マークしていた三番・吉田正尚だった。初球、2球目はボールとなった。バッティングカウントとなった3球目。女房役の中村悠平が選択したのはインコースへのシュートだった。

「ボール、ボールとカウントを悪くしてしまったので、バッターは余裕を持ってストライクを待っています。そこで思い描いたのはインコースへのシュートで詰まらせること。あの場面で、思いどおりのボールがいって、思い描いていたとおりのアウトが取れました。あれは本当に気持ち良かったし、今年一番のボールでした」

 石川が投じた130キロのシュートを弾き返した打球は、セカンド・山田哲人への力のない小フライとなった。この日の77球目。そして、結果的に石川にとって2021年の最後の一球は、一年を締めくくるのにふさわしい渾身の一球となった。

 同点に追いつかれたものの、すぐに6回裏にはオスナのタイムリーヒットが飛び出してヤクルトが再びリード。石川にも勝利投手の権利がもたらされた。

「オスナのタイムリーが出て1点入ったときに“よっしゃ、めっちゃ嬉しい!”と思って、チームの勝利を祈りました。試合が終わって、責任を果たすことができてようやくホッとしたあと、“よし、勝利投手だ!”と喜びが湧いてきました。あの日のピッチングは僕にとっては満点の出来でした。チームは日本一に王手をかけることができた。そして自分は勝利投手になれた。やっぱり、日本シリーズで勝ちたかったんで……」

 その言葉には、しみじみとした実感がこもっていた。6年前には福岡ソフトバンクホークスになすすべもなく敗れた。石川自身も二度の登板機会を与えられたものの、2敗を記録していた。プロ20年目、41歳となった今年、ついにリベンジの機会が与えられ、見事に結果を残した。そしてチームは20年ぶりに日本一にも輝いた。

「第6戦で日本一になった瞬間、青木(宣親)が人目もはばからずに泣きじゃくっていました。中村とか、川端(慎吾)とか、ずっと一緒にやってきた仲間が泣いていました。彼らに限らず他の仲間たちも含めて、一緒の時期に一緒のユニフォームを着て、一緒に野球ができて幸せだなって感じていました。本当に幸せな瞬間でした。本当に幸せでした」

 プロ20年目にして初めてつかんだ「日本一」の称号。感激もひとしおだった。プロ初となる開幕二軍スタートとなった。好投しても、なかなか白星に恵まれないこともあった。しかし、「日本一」という大きな喜びがすべてを洗い流してくれた。すでに2022年を見据えている石川は言う。

「コンディションさえ整えることができればまだまだ勝負できるという自信がつきました。来年はより一層、チーム内の競争は激しくなると思うけど、まだまだ若手に譲るつもりはありません。目標の200勝に向けて、さらに頑張ります。こんな目標を持つことのできる自分を幸せ者だと思います」

 プロ20年目、石川雅規の2021年はこうして幕を閉じた。しかし、選手たちに休息のときはなく、歓喜の瞬間は一瞬だけだ。すでに石川は「200勝」という大目標とともに、2022年に向けて歩み始めているのだ――。

(第十回に続く)

取材・文=長谷川晶一 写真=BBM

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