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長谷川晶一 密着ドキュメント

第二十二回 後輩・近藤一樹さんが考える石川雅規のすごさとは?「どんなカウントでも同じ状態を継続している」/43歳左腕の2023年【月イチ連載】

 

今年でプロ22年目を迎えたヤクルト石川雅規。43歳となったが、常に進化を追い求める姿勢は変わらない。昨年まで積み上げた白星は183。200勝も大きなモチベーションだ。歩みを止めない“小さな大エース”の2023年。ヤクルトを愛するノンフィクションライターの長谷川晶一氏が背番号19に密着する。

館山昌平、そして近藤一樹との久しぶりの再会


1月某日、都内の中華料理店に集まった左から近藤さん、石川、筆者、館山さん


 都内の中華料理店――。約束の時間から少し遅れて、スーツ姿の館山昌平さんが現れた。個室の入口に立つと同時に、「今日は僕からの新春のプレゼント、サプライズをご用意しました」と笑顔で言った。その瞬間、はにかんだような笑顔で登場したのが、かつてのチームメイトで、2022年シーズン限りでの現役引退を表明していた近藤一樹さんだった。すでに1杯目のビールに口をつけていた石川雅規は「おっ、コンちゃん!」と笑顔で応じる。こうして、かつてのチームメイトたちとの楽しい一夜が始まった。

  昨年12月、本連載を基にした新刊『基本は、真っ直ぐ―― 石川雅規42歳の肖像』(ベースボール・マガジン社刊)が発売された。当初は、出版を記念したささやかな食事会の予定だった。切り出したのは石川だ。

「もしよければ、タテも呼んでもいいですか?」

「タテ」とはもちろん、現役時代には「右の館山、左の石川」と並び称され、00年代後半から10年代前半にかけて、ヤクルトの両エースとして活躍した館山昌平さんのことだ。青山学院大学出身の石川と、日本大学OBの館山さんとは1歳違いで、東都リーグ時代から交流を続けていた盟友であり、親友でもある。幸いにして館山さんの都合も合い、久しぶりに両者が対面することになった。

 館山さんがまだ1年生だった頃、すでに東都リーグを代表する投手になっていた2年生の石川が、日大寮に遊びに来た。このとき初めて両者は出会い、館山さんは石川のためにお手製の「日大チャーハン」を振る舞っている。後にまさかプロで同じチームに所属し、左右のエースとしてチームを牽引することになるとは思ってもいなかった。石川が言った。

「タテとこうしてじっくり話をするのは、コロナ禍以前のことだから、もう3年ぶりとか、かなり久しぶりだよね」

 そこにさらに、近藤さんも現れた。石川も本当に嬉しそうだ。驚きつつも、興奮した面持ちで、「コンちゃん、本当に久しぶりだね。元気だった?」と言葉をかけた。石川、そして館山、近藤両氏はいずれも大の酒好きだ。次々とグラスが空になり、料理を平らげていく。実に和やかなムードのまま、緩やかにときが流れていった――。

「コンちゃん」と、気さくに声をかけた石川雅規


 近藤一樹――日大三高のエースとして、第73回選抜高等学校野球大会、第83回全国高等学校野球選手権大会に春夏連続出場。夏の甲子園では同校の初優勝に貢献した。2001年、ドラフト7巡目で近鉄バファローズに指名され、プロの世界の門を叩いた。このとき、石川もプロ選手としての第一歩を踏み出している。所属するリーグも違う、年齢も違う、それでも石川との接点はあった。近藤さんが言う。

「年齢は違いますけど、この年のドラフト4巡目で、僕の高校時代の同級生の内田(和也)もヤクルト入りしているんです。甲子園で優勝したこともあるし、内田との繋がりもあって、僕のことは知っていたようです。その後、僕が一軍に上がってからは、交流戦で神宮球場のウエイトルームをお借りして練習しているときに、たまたま石川さんと一緒になったことがありました。そのときに、“おっ、コンちゃん!”って話しかけてくださったのが、たぶん初めての会話だったと思います。2008年、09年、あるいは10年くらいだったと思います」

 当時の記録をあたってみると、08年はスカイマークスタジアム(当時)で試合が組まれ、09年は京セラドーム大阪で試合が行われている。いずれも近藤さんが在籍していたオリックスの本拠地である。彼の話からすると、神宮で開催された10年交流戦の時期ということになるのだろうか?

 さて、この発言で気になったのが、ほとんど言葉を交わしたこともなく、ほぼ初対面と言ってもいい相手に、石川が「コンちゃん」と口にしていることである。この点を近藤さんに尋ねてみる。

「ちょっとうろ覚えではあるんですけど、石川さんの場合、“近藤くん”っていうイメージじゃないので、やっぱり“コンちゃん”って声をかけていただいた気がしますね。何も違和感はなかったです。初めからスムーズに“コンちゃん”って呼ばれた気がします」

 両者の関係がさらに深まるのは、2016年シーズン途中、近藤さんがトレードでヤクルトに移籍してからのことになる。

「距離感はすごく近くなりました。当時のヤクルトには石川さんと同世代の投手が少なかったということもあるのか、食事だとか、練習だとか、いろんなところに誘っていただきました。石川さんと一緒にいてすごく心地いいのは、もちろん先輩は先輩なんですけど、ギリギリ、際どいくらいの上下関係を保ちつつ、それでも友だちのような感覚で接してくれるんです。後輩なんですけど、ちょっと石川さんをイジってみたりしても喜んでくれるし、絶妙な距離感なんです」

 実にわかりやすい表現だった。これまで、石川の取材をしていていつも感じる「人たらし」としての石川のコミュニケーション術を的確に言い表しているように感じられた。

後輩たちからのエールを力に変えて


キャンプで順調に調整を進めている石川


「石川流のコミュニケーション術」について、かねがね不思議に思っていた。先輩であろうと、後輩であろうと、常に絶妙な距離感を保つことができるのはどうしてなのか? 意識的にそう振舞っているのか、それとも天性のものなのか? 近藤さんの見解はこうだ。

「無意識半分、向上心半分なんじゃないかなって、僕は思います。石川さんから教わったことはたくさんあるんですけど、逆に、僕しか知らない感覚について、“教えてよ”って聞かれたこともたくさんあります。具体的にはオリックス時代の練習方法や、僕が故障のときの状態についてです。ケガしていたときの感覚をすごく知りたがるんです。石川さんはこれまで、大きな故障をしていないですよね。だからこそ、ケガをしたときの感覚を知りたがるんじゃないのかな」

 生まれ持った性格と貪欲な好奇心、向上心があればこそ、自然に他者の懐に忍び込む術を身につけていったのだろうか? 近藤さんにはもう一つ、尋ねたいことがあった。それは、「同じ投手として、石川雅規は何が優れているのか?」ということだった。質問を投げかけると、迷うことなく近藤さんは言った。

「やっぱり、同じリズムでずっと継続できることだと思います。正直、申し訳ないですけど、ものすごく速いボールを投げるわけでもないし、めちゃくちゃ曲がる変化球があるわけでもない。だから、一般のファンの人が見たら、“どこがすごいんだろう?”って思うかもしれません。でも、石川さんのすごさは、調子がいいときも悪いときも、ずっとやることは一緒なんです……」

 近藤さんの説明はさらに続く。

「普通のピッチャーの場合は、ブルペンから僕らが見ていて、“あっ、今日は調子いいんだな”とか、“あんまりボールが走ってないな”とか、すぐにわかるんです。でも、石川さんの場合は調子がいいのか、悪いのか、見ていてもよくわからないんです。結果的に抑えたり、打たれたりすることもあるけど、その間ずっと変わらないんです。同じ状態をずっと継続しているんです。よくも悪くも表に出ない」

 近藤さんによれば、それは「カウント」に関しても同様だという。

「石川さんのいいところって、常に低めに投げられることなんです。たとえばカウント負けして、バッター有利のカウントになっても、それでも低めを投げ続けられるんです。結果、フォアボールを出すことになっても、カウントが不利だからと言って、決して“真ん中でいいや”ってことがないんです。僕の場合は、悪い例なんですけど、カウント負けしそうになると、ストライクがほしくて真ん中高めに投げて、それを打たれる。でも、石川さんの場合はそれがない。どんなカウントでも、やっぱり同じ状態を継続しているんです」

 石川のすごさは「継続できること」――。練習においても、試合においても、自分のスタイルを崩さずに同じ状態を継続してきた。そしてその継続力が、球界最年長、プロ22年目という結果をもたらしてきた。それが近藤さんの見立てだった。

 この日の会食において、近藤さんは積極的に自ら口を開くことなく、先輩たちの話に耳を傾けていた。胸の内にあったのは「ただ黙って聞いているだけで勉強になる時間だから」という思いだった。それでも、石川も館山さんも、「で、コンちゃんはどう思う?」とか、「これからどうするの?」と、後輩に話しかけることは忘れなかった。いろいろ胸に秘めていることはある。今は少しずつ、その準備をしているところだという。

「久しぶりに石川さんの元気な姿を見ることができて嬉しかったです。やっぱり、まだまだうまくなるために、いろいろなことに挑戦している姿を見て、改めて石川さんのすごさも感じることができました。僕にとっても、すごく楽しい時間でした」

 石川もまた、気の置けない仲間たちとのひとときによって気持ちがリフレッシュされたはずだ。2月1日から、22年目となるキャンプも始まった。館山さんも、近藤さんも、「石川さんならまだまだやれる」という思いで見守っている。後輩からのエールを力に変えて、石川はまた、新たな道を歩み始めた――。

(第二十三回に続く)

取材・文=長谷川晶一 写真=BBM

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