一歩一歩、階段を上がっている。高校3年時のドラフトでは名前が呼ばれず、大学進学。恵まれた環境で実力を磨き、2年秋にエースの座に登り詰めた。ドラフトまで2年。心技体を高めるための取り組みが続く。 取材・文=佐々木亨 写真=矢野寿明 
2年秋から先発に転向し、エースへと駆け上がった。それまでは救援としてチームの信頼をつかんできた
元プロからの直接指導
高校時代の
天野京介は、甲子園の土を踏んでいない。ただ、その右腕から放たれる出力の高いボールは早くからNPBスカウトの目に留まり、ドラフト候補と呼ばれた。3年夏の愛知大会では4回戦で敗退するのだが、天野は「上の世界」を目指してプロ志望届を出した。結局はドラフト指名を受けることなく名城大へ進むのだが、その進路選択においても見つめる先にはプロの世界が広がっていた。
「名城大はコーチもそうですけど、プロ野球に進んだ投手が多い。『プロに行ける』環境ということで、迷わず名城大に決めました」
社会人野球のトヨタ自動車を経て、2021年ドラフト1位で
広島に入団したのは
栗林良吏だ。23年秋のドラフトで
DeNAから2位指名を受けた
松本凌人、同ドラフトで
ソフトバンクから2位指名された
岩井俊介も、いずれもが名城大出身の投手だ。そして、25年まで名城大コーチを務め、26年1月から監督を務める
山内壮馬もまた、元プロ野球選手だ。
山内氏は愛知県の杜若高、名城大を経て、07年の大学・社会人ドラフト会議で
中日から1位指名を受けた右腕だった。16年までの9年間、プロ野球の世界で戦った。17年に名城大コーチとなった投手出身の山内氏は、天野にとっても特別な存在だ。
「2年春のリーグ戦はチームの負けが続いて5位に終わった。安江均監督(25年12月末で勇退)、そして山内コーチから、勝利を1個でも増やしたいということで・・・
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