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野球写真コラム

ある瞬間に、その野球選手に対する印象が一変することがある。それが75年秋の堀内恒夫だった。人間の心の動きは不思議だ

 

文=大内隆雄


「花の美しさなどはない。美しい花があるだけだ」と言ったのは、文芸評論家の小林秀雄だが、もうその花の時季は終わってしまったが、筆者はサルスベリの花を「美しい花」と思ったことはなかった。

 それがあるとき一瞬にして「美しい花」と化してしまった。サルスベリの花は、雨が降ると、雨水をたっぷりと含む。その花に、雲間から顔を出した太陽の光が当たった瞬間、脳天がガツ〜ンとやられてしまった。白いサルスベリの花の輝きたるや、ちょっと表現のしようがない美しさだったからである。周りにピンクのサルスベリの花もあったのだが、こちらには、自分の目はまるで反応しない。心の動きというのは、まことに勝手なものだが仕方がない。

 野球選手に対する印象も、雨水を含んだ白いサルスベリのように一瞬にして変わってしまうことがある。1975年、長嶋茂雄新監督率いる巨人は、まさかの最下位に沈んだ。前年19勝をマークしたエースの堀内恒夫は66年の入団以来最少の10勝に終わった。しかも、18敗はリーグワースト。堀内は最下位のA級戦犯扱いされた。その年の多摩川グラウンドでの秋季キャンプ。駆け出しの野球記者だった筆者は、堀内に対して余りいいイメージを持っていなかった。ぶっきらぼうで突っけんどん。人を人とも思わない傲慢さetc。ヘソ曲がりの新米記者は「この人を怒らせてやれ」と、わざと“悪質な”質問をしてみた。

「堀内さん、あの得意のカーブ、どうして曲がらなくなったんですか」。75年は、あの2階から落ちてくるような大きなカーブが、まるで平凡なボールになり、スコンスコン打たれた。一番触れられたくない部分だ。しかし、堀内は、よく聞いてくれた、と言わんばかりの真剣な表情になり「そうなんだよなあ。自分でも分からねえんだよ」。そのあとは、お互いに無言でクラブハウスまで歩いたのだが、別れぎわに再び「分からねえんだよ」。筆者は一瞬にして堀内ファンになってしまった。写真は66年の長嶋(左)とルーキー堀内。この年V2達成。2人には栄光のV9へのスタート。9年後の地獄は因果は巡るか?
おんりい・いえすたでい

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過去の写真から野球の歴史を振り返る読み物。

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