週刊ベースボールONLINE

東都大学リーグ

父はNPB審判員 女子マネが記録員でベンチ入り

 

4月27日、専大2回戦で日大・佐々木マネジャーが記録員として試合に加わり、連勝で勝ち点を挙げた。1996年に駒大の女子マネが初めてベンチ入りしているが、今回は日大・仲村監督[右から2人目]による“配慮”から実現した/写真=田中慎一郎


佐々木杏海(日大4年)が感じた神宮の緊迫感と臨場感


 チームを陰でサポートする女子マネジャーが、勝利の女神となった。

 日大の女子マネジャー・佐々木杏海(4年・日大鶴ヶ丘高)が4月27日の専大2回戦でベンチ入りし、記録員を務めた。スコアブックを片手に時折やさしく微笑み、選手たちを後押し。チームは5対0で快勝した。

 東都大学野球連盟では1994年から女子マネジャーのベンチ入りを認めており、96年に駒大の女子マネジャーがベンチ入りしたが、日大では初。試合後、佐々木は「感動しました。選手はこんなふうに声を出しているんだなって」と笑顔を見せた。

 NPB審判員の佐々木昌信氏を父に持つ。そのため、幼いころから神宮球場など父の「仕事場」で野球を観戦していた。「大げさに言えば、球場が遊び場でした」と笑う。

 小学6年生からバスケットボールを始めた。日大鶴ヶ丘高では「野球部のマネジャーをやりたい」と考えたが、父に「高校までは自分でスポーツをしたほうがいい」と言われて、バスケットボールを続けた。日大に進むとき、父に「大学では野球サークルでマネジャーをしたい」と相談した。入学前の3月中旬、父・昌信氏はそんな杏海を日大野球部の実籾グラウンド(千葉県習志野市)に連れて行った。「そのとき『本気でやっている人ってカッコいいな』と思いました。それで、サークルではなく野球部でマネジャーをしよう、と」。

下積みを重ねてきた“ご褒美”も本人は恐縮


 当時、日大では女子マネジャーが卒業したばかりで一人もいなかったが、迷わず飛び込んだ。高校の女子バスケ部で主将としてチームを引っ張っていた佐々木は・・・

この続きはプレミアムサービス
登録でご覧になれます。

まずは体験!登録後7日間無料

登録すると、2万本以上のすべての特集・インタビュー・コラムが読み放題となります。

アマチュア野球情報最前線

アマチュア野球情報最前線

アマチュア野球取材班、ベースボールライターによる、高校・大学・社会人野球の読み物。

関連情報

新着 野球コラム

アクセス数ランキング

注目数ランキング