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野村克也の本格野球論

野村克也が語る「エース」

 

稲尾以来のスライダーに惚れた、マー君との出会い


まさにエースの働きを見せている田中[写真=高塩隆]



 東北楽天の監督として田中将大を初めて見た2007年、私はそのスライダーに惚れた。これは珍しいことだ。監督というものは皆、ストレートに惚れて、あるピッチャーを『エース』として使い出す。だが、田中は違った。「いいスライダーを投げるな」と思ったのだ。「稲尾(和久=元西鉄)以来のスライダーではないか」と。

 開幕18連勝を挙げた日(8月23日、対ロッテ=Kスタ宮城)のスライダーは特に稲尾と重なった。「誘う、稼ぐ、避ける」スライダーを自在に投げ分けた。加えて、私が『原点能力』と呼ぶ外角低めへのストレートの制球力も田中は稲尾に負けず劣らず持っている。

 しかし、コントロールとなると、いまだに稲尾の右に出る者はいない。まさに「針の穴を通す」コントロール。相手バッターだけじゃない、アンパイアまで自分のペースに巻き込んだ唯一のピッチャーだった。

 当時、外角に少し甘い、Hさんというアンパイアがいた。ほかのアンパイアが「ボール」とコールするところ、この人だけは「ストライク」と判定する。すると稲尾のヤツ、試合中に「これがストライク?じゃあ、ここはどう?ここはどう?」とボール一つずつ外して確かめていく。最後には「ここまでがストライク?そうか、ありがとう」ってなもんだった(笑)。そうなると、バッターボックスに入っている私らがいくらHさんに「外れてますよ」と訴えても、「いや、入ってる」と言われてしまうのだ。

 稲尾はスライダーも良かったが、逆に変化するシュートがまた絶品だった。右バッターの場合、内角に食い込むシュートを意識するから、思い切り踏み込めない。そこに外角のスライダー。なかなかとらえ切れなかった。

 しかも稲尾は投げる瞬間、バッターの動きを見ていたという。リリースポイント寸前、バッターの動きがちらっと目に入る。そのとき(右バッターの)左肩が外角のほうにグッと入ったら、ボールを抜く。左肩が逃げたら、パンッとストライクを取る。ギリギリまでバッターの動きを見て、瞬時に投げ分けていたわけだ。

 私は稲尾のおかげで、プロでやってこられたようなものだと思う。あるとき、鶴岡(一人)監督に「お前は安物はよう打つが、一流は打てんのう」と言われた。ああ、これは稲尾のことを言ってるんだな、とピーンと来た。あれにはこたえた。稲尾は最大のライバル・西鉄のエースだ。稲尾を攻略しなければ、南海の優勝はなかった。

稲尾ほど自在の投球をする投手はいなかった[写真=BBM]



チームの中心を担うエースと四番は「チームの鑑」


 私の“稲尾攻略法”はまた別の機会に譲るとして、ここからは『エース』について考えたい。「『エース』とは何か?」。そう聞かれたら・・・

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勝負と人間洞察に長けた名将・野村克也の連載コラム。独自の視点から球界への提言を語る。

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