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野村克也の本格野球論

野村克也が語る「西武時代の思い出」

 

西武での出番は主に兄やん専用捕手


 43歳のとき、私は引退覚悟でロッテを退団した。そこへ新球団・西武から声が掛かった。南海・川勝傳オーナーが西武・堤義明オーナーに直接、「野村を取ったほうがいい」と進言してくれたのだ。「50歳まで現役を続けたい」と思っていた私は、オファーを受けた。

 ところがシーズンが始まってみると、私の出番は、ほとんどなかった。当時新人だった『兄(あに)やん』こと松沼博久が先発するときだけ、マスクをかぶらされる。フロント主導で獲得した私を、現場は煙たくてしょうがなかったのだろう。おそらく私に“辞め時”だと分からせるために、兄やんと組ませたのだと思う。

 兄やんは、アンダースロー。大きなモーションで、塁上のランナーは盗塁し放題だった。私が兄やんの球を受けて投げようとしたときには、盗塁王・福本豊(阪急)など、もうスライディングしかけている。殺せるはずがない。当時は福本、簑田浩二(阪急)ら、パ・リーグには足の速い選手がたんといた。みな、盗塁はフリーだ。

「お前なあ、球威とか球種とか磨くのも大事だけど、ランナーの足を封じる術を身に付けないと、プロでは飯を食えんぞ」

 私は兄やんに言った。

「クイックっていう言葉があるだろう。つまり“小さいモーション”だ。小さいモーションでほうってみろ」

 ところが兄やんときたら、さっぱり言うことを聞かない。結局、私がいる間はクイックを身に付けなかった。後に日本シリーズで久しぶりに見たら

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勝負と人間洞察に長けた名将・野村克也の連載コラム。独自の視点から球界への提言を語る。

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