週刊ベースボールONLINE

野村克也の本格野球論

野村克也が語る「野球の神様」

 

野球の神様はいた!?神がかり的な記録達成


当時シーズン新記録となる52本塁打を放った1963年の打撃。最後の最後に「野球の神様」を実感した/写真=BBM


 先日、スポーツ情報番組を見ていたら、「野球の神様はいると思うか」という質問を選手2人にぶつけていた。その答えについて“メンタリスト”が解説していたのだが、心理学者の分析はともかく、「野球の神様」の存在をプロ野球選手に問えば、ほとんどの選手が「いると思う」と答えるだろう。あるいは、「いないだろうけれども、いると思うようにしている」か。

 私自身、「野球の神様がいたのか」と思うほど、神がかり的に記録を作ったことがあった。1963年、シーズン本塁打の日本新記録(当時)となる52号を打ったときだ。10月17日のシーズン最終戦(近鉄戦、大阪)の最終打席。ここで本塁打が出なければ、それまでの日本記録だった小鶴誠(松竹)さんの51本とタイのまま、シーズンを終えるところだった。

 その最終打席、マウンドには山本重政という若い右ピッチャー。この山本と児玉弘義のバッテリーからは前年の最終戦、パ・リーグ記録を更新する44号を放っていた。これ以上、敵の記録達成に貢献してはかなわないと思ったのだろう。外角、外角と3つ続けて、ボールを外してきた。とはいえ私も、そこで歩いたって仕方ない。「最後のチャンスだ」とばかり、グッと踏み込み、半ばやけくそでバットを振った。ほとんど目をつぶってエイヤッと打ったようなものだったが、打球は弾丸ライナーとなってショートの頭を越え、レフトスタンドに突き刺さった。日本新記録達成の瞬間だった。

 チェンジになって打席に入る前、レフトの土井正博が話しかけてきた・・・

この続きはプレミアムサービス
登録でご覧になれます。

まずは体験!登録後7日間無料

登録すると、2万本以上のすべての特集・インタビュー・コラムが読み放題となります。

野村克也の本格野球論

野村克也の本格野球論

勝負と人間洞察に長けた名将・野村克也の連載コラム。独自の視点から球界への提言を語る。

関連情報

新着 野球コラム

アクセス数ランキング

注目数ランキング