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惜別球人2015
森本稀哲に聞く 引退試合、新庄、今後の活動、パフォーマンス...

 

例年になく実績を残した選手がユニフォームを脱いだ2015年シーズン。今年も引退した名選手に自らの野球人生を振り返ってもらう連載インタビュー「惜別球人」がスタート。第1回目は類まれな身体能力を誇り、日本ハム時代にはトップバッターとして北海道移転後の初優勝、そして連覇に貢献した森本稀哲の登場だ。そのパフォーマンスでも注目を集めたが、野球への情熱は誰よりも熱かった。横浜・DeNA西武のユニフォームにも袖を通し、17年間の現役生活にピリオドを打った男の野球哲学とは――。
取材・文=上岡真里江、写真=小山真司、BBM

引退試合で最高の贈り物


――新たな人生を歩み始めて約1カ月が経ちました。やはり、まだ野球のことを考えることはありますか?

森本 いや〜、やはり体のことは考えましたね。「あんまり座敷に座り過ぎると……。あっ、でも次の日はないから別にいいのか」とか。いま明らかに肩が緩んでしまって投げられない感じなのですが、肩を回しながら「大丈夫かな?」って。「でも、別に投げることもないからいいのか」と思ったりはしましたしね。



――朝起きて窓を開けて、「雨が降ってないかな」とチェックすることもなくなった?

森本 中止になる、ならないは関係ないですからね(笑)。でも、雨が降っていたら「(西武)第二は今日、室内で練習しているんだな」と思ったりはしています。

――17年間のプロ人生を思い返すとき、真っ先に思い浮かぶことは?

森本 引退試合ですね(9月27日楽天戦8回表の右翼守備から出場。その裏の最終攻撃では一番打者からの打順だったにもかかわらず、「(七番の)稀哲さんに回せ」を合言葉に打線がつながり、現役最終打席が巡ってきた)。あの瞬間ほど素晴らしい経験をさせてもらったことはないかもしれません。

――森本選手に打席が回った瞬間、見ている側も本当に感動しました。あの1打席は、まさにチームメートからの最高の贈り物だったのでは?

森本 そうですね。僕も感動させていただいた一人。僕としては、CS出場がかかった大事な試合の中で引退セレモニーという場を用意していただき、守備固めとして出させてもらっただけで、「最後の試合に出られて良かった」と思っていたので、まさかあそこでチームが1つになって、ああいう形になったということに感動させられました。本当に素晴らしいチーム、そしてチームメートとやれて良かったと心から思いました。

9月27日の楽天戦[西武プリンス]後、引退セレモニーが行われ、ナインの手によって宙を舞った



――横浜(現DeNA)時代もともに過ごした渡辺直人選手も「奇跡でしょ!」とおっしゃっていました。

森本 直人も奇跡を起こした一員ですけどね(笑)。僕は西武で2年間を過ごしました。その“2年間”で区切ると、日本ハム時代で優勝を経験した2006、07年と別の意味ながら同じ厚みがある2年間でした。

――「別の意味」とは。

森本 06、07年はレギュラーでしたが、西武での2年はレギュラーで出ているわけでもないにもかかわらず、セレモニーで泣いてくれる選手までいました。去年は一軍、今年は二軍が主だった中、一軍に行けばワイワイしながら試合ができ、ファームではテーマを抱え、悩みながらやっている若い選手にアドバイスをするなどチームの全員とかかわれた気がしています。日本ハムのときはほぼ一軍にいて二軍の選手とあまり話せなかったので、その意味でもチーム全員と話せたライオンズでの2年間は「この選手たちと、本当に楽しんだ」という厚み、深みを感じます。

メヒアの全力疾走に驚いて……


――引退会見では、決断の理由を「万全の状態で一軍に行って、そこで結果が出せず二軍落ちしたから」だとおっしゃっていました。

森本 引退自体は、僕らの歳だとずっと隣り合わせ。その中で、いざ辞めるか辞めないかの決断をしたのは、2回目に一軍に上がった8月に結果が残せずにファームに落ちたときでした。まだまだ体は動くし、今ライオンズにいる外野手の中で、本当に1点もやれない切羽詰まったときに「俺は守れないのか?」と思ったら、最後の最後まで「守れる」と。でも、どのような立ち位置でこの野球界に残るかというところで、僕はレギュラーを目指してやりたかった。守備固めや代打要員でずっとやろうとは思っていなかったので、打撃が思いどおりにならず、レギュラークラスの技術、体力とは少し離れてきたし、実際に結果も出てなかったというところで、引き際だと決意しました。

――「打撃が思いどおりにならない」というのは、ご自身のイメージどおりに打てても、結果として安打にならなくなった、などという話ですか?

森本 う〜ん……分からない。最後は、打撃が本当に分からなかった。イメージどおりに打てるようになったり、でもイメージどおりに打って全然ダメだったりとか、その辺の手応えをずっとつかめずにいました。打撃って難しい。本当に最後は分からない感じで、練習していてもどうしていきたいのかも見えなかったし、何が正しいのか、正しくないのかも考え過ぎていて分からなかったです。

――シーズンを通して、そんな苦しい状態が続いていたのですか?

森本 苦しいのは、みんな苦しいと思いますよ。秋山(翔吾)もあれだけ安打を打っていましたが、絶対に苦しんでいるはずです。ただ、今年はファームで打率.256、四球は32で出塁率.428。僕はもともと、自分の中で安打と四球は価値が同じなので、たとえ打率が2割5〜6分でも、四球がものすごく多くて、出塁率が打率3割の選手と変わらないという選手を目指していました。その意味では、今季はまったくダメだったというわけではないのですが、それが一軍の結果として結びつきそうにはないなという感じがあったので、その辺は大きかったですね。

――なるほど。

森本 それと、もう1つ引き金となったのが・・・

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惜別球人

惜別球人

惜しまれながらユニフォームを脱いだ選手へのインタビュー。入団から引退までの軌跡をたどる。

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