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惜別球人2016

新垣渚 引退惜別インタビュー 喜びも悔しさもかみしめて

 

松坂世代の1人として一世を風靡した男が、また1人、静かにユニフォームを脱いだ。ルーキーイヤーにダイエーの優勝に貢献。160キロも夢ではない、と言われた剛速球を武器に2年目には奪三振王を獲得した。だが、5年目以降はケガに悩まされることに。光と影を味わった14年間を振り返る。
取材・構成=阿部ちはる、写真=桜井ひとし、BBM、取材協力=浦和ロイヤルパインズホテル


最後の投球は思い出深い甲子園


11月末に引退を表明した新垣渚に話を聞いたのが12月初旬だった。「まだ早いのでは?」と周囲から言われるたび、後悔のない決断だったはずなのに、気持ちは揺らいだ。そんな心境の中、笑顔で語り始めた。

──11月いっぱいで声がかからなかったら引退しますと、トライアウト直後に話されました。期限としては短いような印象を受けました。

新垣 ただ、今まで引退した人とかを見ていても、長い人では3月くらいまで延ばしていますが、声がかかってないことのほうが多いなというのを感じていて。そこまで引っ張ると自分というよりも家族が厳しいなあと。来年の仕事の話をもらうことができたのなら、その相手にも迷惑がかかりますから。タイミングってあると思うし、自分も覚悟を決めないといけない。やっぱり引き際も考えないと。そういうすべてのことを含めて11月で声がかからなかったら、プロ野球選手は終わりかなと。

──トライアウトを受けるときには決めていたのですね。

新垣 戦力外と言われた時点で期限をいつにしようというのは考えていました。今年クビになるということは覚悟していたので。

──覚悟したのはいつくらいだったのでしょうか。

新垣 7、8月くらいには流れとか動きとかで何となく感じていました。9月には妻にも話していましたね。

──NPB以外でのプレーは考えなかったのでしょうか。

新垣 あんまり考えてはいなかったですね。僕一人だったら野球を続けたいという思いで続けられますけど、やっぱり家族がいますから。上の子が来年小学生になりますし、妻のお腹には3人目もいるんです。収入の面や暮らす場所のことを考えると、やっぱりきついかなって。まああんまり子どもとも遊べてなかったのでね。今年までは僕を最優先にしてもらっていたから、今度は家族を最優先にしたいなと思う気持ちが強くなりました。

──引退を決断して、今はどういった心境なのでしょうか。

新垣 トライアウト前までは・・・

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惜しまれながらユニフォームを脱いだ選手へのインタビュー。入団から引退までの軌跡をたどる。

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