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惜別球人2017

安藤優也 引退惜別インタビュー 思い返せばアッという間の16年間 「(最後まで)先発にこだわっていたら、40歳までプロとして投げられていなかった」

 

2002年度の自由獲得枠で入団し、2003、05年の優勝に貢献した安藤優也は、強い阪神の投手陣を支える存在だった。16年間の現役生活で、先発、リリーフを8年ずつ経験した濃いプロ野球人生を振り返る。
取材・構成=椎屋博幸、写真=前島進、BBM

10月10日の最終戦で1/3回を投げ現役生活を終えた安藤。引退セレモニーでは多くの虎ファンが「ありがとう」の声援を送った


関西メディアの数にビックリ


中学生のときは、甲子園に行きたいという夢があった。と同時に東京六大学でプレーしたいとの思いも強く、大分の進学校(大分雄城台高)へと進んだ。甲子園には届かなかったが、法大進学で念願がかなう。社会人のトヨタ自動車入社後は、グングン頭角を現し、2002年の阪神でプロ野球人生をスタートさせた。

──即戦力として阪神に入団しました。いろいろなプレッシャーがあったのではないですか。

安藤 即戦力のプレッシャーというよりは……一番ビックリしたことがあり、それは報道陣の数です。常に見られているプレッシャーがありましたね。即戦力として注目されていたので、それはきつかったです。

2002年自由獲得枠で入団[下左から2番目]。1年目から一軍のマウンドに上がり03、05年のリーグ優勝に大きく貢献


──練習できついという感じはありましたか。

安藤 トヨタ自動車の練習は厳しいものでしたから、走る体力などは問題なかったんです。ただ、投げる体力がついていかなかったですね。

──アマチュア時代とは違う、予想以上の投げる量だったのでしょうか。

安藤 大学のときはケガもあってそこまでは投げられなかったのですが、トヨタ自動車ではそれも治り、かなり投げられるようになっていました。それでも各大会が始まる前に投げ込んでいくという感じですね。だから投げても1カ月もない中で調整をして、多くても3連投や1週間くらいの連投だけです。それまでは投げることにシンドイと思ったことがなかったですね。

──それがプロに入って……。

安藤 こんなに投げることがしんどいのかって。「プロって毎日たくさん投げるんだ」と思ったと同時に・・・

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惜しまれながらユニフォームを脱いだ選手へのインタビュー。入団から引退までの軌跡をたどる。

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