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惜別球人2017

相川亮二 引退惜別インタビュー 23年の完全燃焼 「23年間、本当にやり切ったし、後悔はまったくありません」

 

キャッチャー経験わずか半年足らずでのプロ入りで、一軍初出場は5年目と、入団当時、23年後の姿を想像することはできなかっただろう。横浜で正捕手に定着するまでにはさらに年月を要したが、その後、FA移籍を2度、日の丸を背負って五輪に1度(銅メダル獲得)、WBCに2度(世界一を経験)出場するなど、いつしか日本球界を代表するキャッチャーに。「気づけばあっという間」という23年間を回顧する。
取材・構成=坂本匠、写真=高原由佳(インタビュー)、BBM


あっという間の23年


取材場所となった都内球団事務所の一室で出迎えてくれた相川亮二の表情は、ペナントレース中の厳しいものとは打って変わって、柔和で晴れやかだった。1995年にプロの世界に飛び込んでから23年。第一線を走り続け、惜しまれながらも「完全燃焼」(相川)でミットを置いた。

──23年間、お疲れ様でした。プロ野球の歴史は長いですが、これだけの期間を現役でプレーできる選手は限られています。23年という年月をどう感じていますか。

相川 終わってしまうと、何だかあっという間でしたね。23シーズンをプレーさせてもらいましたけど、よくよく考えてみると、1シーズン1シーズンがあっという間。確かにこれまでも「長いなぁ」と感じることはなかったんですよ。オフなんか、本当に一瞬ですし(笑)。23年間、いつの間にか過ぎていってしまった。そんな感覚ですね。

──10月3日に引退を表明してから約3カ月が経ちますが、野球がない日々をどう過ごしているのですか。

相川 引退を決めたときに、年内はゆっくり過ごそうと思っていたので、そのとおりに過ごしています。

──Facebookには引退発表の10月3日(チームのシーズン最終戦)の3日後に、「我慢できなかった」とトレーニングジムから写真をアップしている投稿がありましたよ。

相川 なんかこう、気持ちが悪いんですよ。子どものころから毎日運動していましたから。何もしないと体がダメになっちゃいそうで(笑)。ただ、いまはまだ現役であったとしてもオフの時期なので、野球から離れた実感はないんです。きっと何かを感じるのは、自主トレの時期や、キャンプでユニフォームを着る時期になったころなんでしょうね。

──どんな感覚に陥ると思いますか。

相川 想像がつきませんね。でも、23年間、アマチュア時代を含めればもっとですが、本当に・・・

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